23

いよいよ春も終わってしまったらしい。まだ早朝だというのに、ほうきを動かしているだけでマキの背中は汗ばんできた。

いや、それは単に店の軒先が広いだけか。

庭を見渡して、げんなりしながらほうきに体重をあずける。さすれば自然と出てくる大あくび。今日でもう何度目になるだろう。

マキが視界に赤色を捉えたのは、アホ面と形容すべき顔を、まさに道路側に向けていたときのことだった。


「あれ? 赤司?」
赤司はマキの声を認識すると、ちょっと驚いたような顔……どころか、信じられないものでも見たような顔をして、マキの方へ歩いてきた。

赤司が驚くなんて、よっぽどのことがあったのか。
振り向いてみたが、店に異状はない。


「お前……こんな時間に起きられたのか」
なんだ、焦って損した。
「うん、せめて挨拶からして欲しかったなぁ」
「おはよう」
「そういうことじゃなく」

ため息をつこうとしたのに、マキの口から飛び出したのはあくびだった。慌てて手を当てたものの、赤司は既に呆れ顏だ。


「全く、映画鑑賞の次は掃除ブームか? 殊勝なことだが、日曜から寝不足なんて洒落にならないぞ」
「うるさいなー、あたしだって好きで掃除なんかしてる訳じゃないよ……」

マキの連日の遅刻について梅田から連絡が来たおかげでブチ切れたおばあちゃんは、マキに早起きを習慣づけさせるために、店頭の掃き掃除を言いつけたのだった。

そんな経緯を赤司に言えば、勿論「自業自得だろう」の一言が返ってくる訳で。
イラっときたが、下手にやぶへびになるよりはと、マキはさっきから気になっていることを聞いてみることにした。


「ねぇ、何で日曜日なのに制服着てるの?」
「学校自体は部活で毎週行ってるんだが……今日は久しぶりのオフだから、馬術部に行こうと思ってな」
「ば、じゅつ、ぶ?」

マキだって、馬術というくらいだから乗馬をするのは分かる。洛山の敷地の広さを痛感した記憶もある。
突っ込みたいのは、なぜ赤司なのか、という話だ。


「そう、馬。小さいころ、祖父に連れられて乗馬クラブに行ってから、こうしてちょくちょく乗ってる」
「……あー、赤司ってお坊ちゃまだったんだ」
「この話をすると皆そう言うんだね。乗馬って、スポーツとして一般的じゃないのかい?」
「確かにあんまりメジャーな趣味ではないけど……でも、あたしは面白そうだと思うよ」


「じゃあ、僕と一緒に来る?」
その言い方があまりに軽くて、一瞬マキには赤司の言ってる意味が分からなかった。

「え? 嬉しいけど、いいの? あたし乗馬なんてやったことないよ。道具とかも持ってないし」
「仮入部期間が終わってまだ間がないから、そのあたりは心配いらない。最後は僕が教えるし、大体、あそこの部緩いから、1人くらい増えても問題ないよ」

だから、どう?と聞かれ、マキは一も二もなく「行く!」と叫んだ。


「マキちゃん、朝っぱらから近所迷惑やで……って、あらぁ、赤司くんやないの」
「おばあちゃん、あたし学校行ってくるから!」

そんな訳で掃除はサボります。


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