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JR東京駅のプラットホームで発車のベルが鳴っている。

「14時15分発、のぞみ17号博多行、間もなく発車いたします」
マキはそんなアナウンスをBGMに乗車口に滑り込んだ。瞬間、ぴしゃりとドアが閉まる。
ギリギリセーフ、それで結構。マキの座右の銘だ。

息を整えながら車内に入ると、ぐらりと足元が揺れた。どうやら新幹線が走り出したらしい。
同時に車内放送が各駅の到着予定時刻を告げ始めた。

京都には16時20分ごろに着くとのことだった。


「えーと、席は、と……」

座席を見渡すと、残念ながらマキの席の隣には先客がいるようだった。隣人はずいぶんパンクなようで、シートの端からのぞく頭は真っ赤だ。
見間違えかと思ったが、マキが席に着いてみてもやっぱり赤い。
よく見ると、それは染めているわけではなさそうだった。

さすがにマキの視線がバレたのか、その少年は迷惑そうに顔を上げた。



何だこりゃ。

少年の顔を見た瞬間ぱっと思い浮かんだイメージが、猫まただった。
ぎょっとするマキをちらりと見て、少年は何事も無かったように小難しい専門書に目を戻した。

「猫の経上がりて、猫またに成りて、人とる事はあなるものを」

マキも慌てて視線を外したが、中2の古典で習った徒然草の一節がぐるぐると回り続けている。


そうだ、何も見なかったことにしよう。
猫または頭の隅に追いやって、マキは座席下のボストンバッグに手をのばした。

折り畳み式ボードと詰碁の問題集。暇つぶしにはもってこいだ。
座席の背面にへばりついていたミニテーブルの上にボードを置いて、膝に問題集を開いたときにはもうマキは囲碁のこと以外考えていなかった。



「コーヒー、お茶、お菓子などはいかがでしょうかー」

突然耳に飛び込んできた声に、マキははっと手を止めた。
乗務員のお姉さんがゆるゆるとカートを引いて歩いてくる。何かと思えば車内販売だった。

集中すると周りが見えなくなるのはマキの悪い癖だ。自覚はしているが、15年経っても改善されそうにないのだから仕方ない。
近距離から低い声が聞こえたのは、そんなことをぼんやり考えていたときだった。


「抹茶アイス、1つ」

カンッと黒の碁石がはねて床に転がる。マキが思わず振り向いたせいだ。しかも、それは少年の足元で止まった。

「200円になりまーす」
マキの前を通して、アイスと硬貨の交換がなされる。
お姉さんは間延びした声を残して隣の号車へ消えてしまった。


やばい。
マキの脳内で緊急警報が鳴り続ける。

けれど、マキには少年に話しかけるという選択肢以外残されていなかった。


「あの……それ取ってもらっていいですか?」
少年はカップの中の雪原をえぐっていた手を止め、音も無くマキに顔を向けた。


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