17
「……赤司」
やっぱりマキを見ようとはしない。
「もう一度言おう。何をしている、と聞いている」
「はっ、見ての通りだよ。ったく興ざめもいいとこだぜ」
赤司にそう吐き捨てるや否や、男は大股で体育館から出ていってしまった。
残された沈黙。
マキがなんと切り出そうかと思いあぐねていると、赤司は静かにため息を吐き出した。
「何の用だ。和泉」
赤司は鍵をしめながら、半ば機械的に問う。
「赤司に謝りたいことがあって、待ってたの」
そのとき、赤司は初めてマキを見た。
驚くほど冷たい表情を浮かべているけれど、猫または蜃気楼のように霞んで、揺れている。
「この前、デリカシー無いこと言っちゃって、しかも3週間も謝んなくて、ごめん」
「だから?」
「だから、って……赤司と仲直りしたくて」
赤司からひしひしと伝わってくる拒絶に、さすがのマキも語尾が震える。
けれど、赤司の返答には違う意味で言葉を失うこととなった。
「それは見当違いだな。僕は君のことを怒っていた訳でもなければ、喧嘩をしていた訳でもない」
「……は?」
「異論でも、あるのか」
赤司から『僕と対等に争うなんて自惚れもいいところだ』なんて副音声すら聞こえてくる。
信じられない。本当に、あの赤司の本心からの言葉なのだろうか。
「あるよ。怒ってないなら、3週間も口きかない訳ないじゃん」
「僕じゃない。そっちが避けたんだろう」
「何言ってるの? 認めないことに、何か意味があるの?」
「悪いが、僕は帰らせてもらう。女のヒステリーに付き合っている暇は無い」
ああ、表面を上滑りする会話は、こんなにももどかしい。
マキは息を深く吸い込んで、去り行く背中に呼びかけた。
「ねぇ、赤司ってバスケでも、それ以外でも負け知らずなんだってね」
微小な反応。
「あたしにポーカーで負けたのって、ノーカンなの?」
赤司は瞬時に振り向いた。
ビンゴ。
「まさか。覚えているさ」
「じゃあ、あのときの約束通り、もう一度勝負してくれない?」
盤上なら対等だ。
赤司の本音を聞くには、これしかない。
「僕の方こそ、頭を下げてでもやらしてもらおう」
再戦内容は、赤司たっての希望で将棋となった。
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