18

ぱちり、と小気味良い音が響いてから、すでに5分が経っている。
マキは将棋盤をもう一度上から見直し、赤司を、そして猫またを見やった。

「投了、かな」

あー疲れた。椅子の背もたれによりかかって、思いっきり伸びをする。天井を見上げると格子柄の残像がくっきり出来ていた。


「僕の勝ちだね」
「もちろん?」
どこか引っかかる言い方に、マキが首を傾げると、赤司はさも面白くなさそうに答えた。

「だって君、負けたようには全く見えない」


「……はぁ?」
まるで当然のことのように何を言っているのか。赤司はそんなマキの反応に、不愉快と言わんばかりに眉を寄せた。

「初対面からだけど、君は負けても悔しそうな顔ひとつしないんだよ。かといって諦める様子もないし……なんでそう、楽しそうに出来るのか、不思議でたまらない」

「じゃあ、赤司は相手がつまらなそうにしないと、勝ったことを実感出来ないの?」
赤司は駒をいじっていた手をぴたりと止めた。

猫またが、威嚇する。
表情筋は動かないけど、怒ってる。

「もう一局、お相手願おうか」
マキはこくりと頷いて、駒を始めの配置に動かした。



次の対局は、マキには見覚えがあった。
昨日見た、バスケの試合だ。
初っ端から不意を突いて、とにかく相手に主導権を握らせない。自身の能力を過信しているという条件付きだけれど、相手の戦意を完膚なきまでに潰すにはもってこいな戦法だ。

最後、相手が無得点なんて結果にだってなる。


「これ、昨日の試合と似てるね」
「そうだろうな。何しろ目的は同じだ」
「あたし、実渕さん達と同列の扱いってことでいいの?」
「自惚れるな。ほら、そろそろ飛車が危ないぞ」

やっと物腰柔らかい少年Aは消え去ったな。
マキが頬を緩ませていると、赤司は宣言通り飛車を持ち駒に加えた。


「あーあ、行っちゃった。何で持ち駒制度なんてあるんだろ」
「僕は良いと思うが。戦力が増えて楽しいし」
「そう? あたしはチェスの方がシンプルで好きだな」

「だが、お互い、人間関係において本来得意とするのは逆だろうな」
マキは将棋的、赤司はチェス的。
一体どういう意味だろう?

「あたし、赤司みたいに人の上に立って何かをするの、得意じゃないよ」
「僕が言ったのはそういうことじゃない。現実世界では、人望を集める要素はリーダーシップが全てじゃないだろう?
……例えば、和泉みたいに」

思いがけない褒め言葉にマキは目を瞬かせた。
馬鹿にされてるのかと思いきや、赤司は真剣に恨めしそうに続ける。


「その様子じゃ自覚もないんだな。君は、人気者と称される類の人間だよ」
「へ?」
「クラスの中だけじゃない。あの気難しい3人を手懐けた上、監督にすらマネージャーにならないかと言わしめたんだからな」

驚いた。
てっきり浮いているものだとばかり、思っていた。


「でも、そんなこと言ったら、赤司だって主将としてちゃんとバスケ部をまとめてるじゃん。実渕さんも褒めてたよ」
赤司はフォローにもなってない、と吐き捨てる。

「僕には必死に考えなければ出来ないことが、君には無意識で出来るんだからな」


だから嫌なんだ、と赤司は苦々しげにそう言った。




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