赤司の乾杯
赤司征十郎は、送別会に追われる部員の皆を眺めながら、インカレ決勝にも劣らない緊張感を味わっていた。
2年半付き合った彼女にプロポーズし、その返事を待っている。
彼女の家の客間で指輪を渡したときは心臓が出てくるかと思った。
まあ、マキは八ツ橋でも開けるように開封したのだが。
ロマンチックな雰囲気もクソもなくて、マキらしいと言えば、らしい。
彼女は指輪選びに骨が折れたことなんて考えもしないだろう。
マキが寝ている間に指のサイズをはかり、名前も知らない宝石のブランドを覚え、その中でも高すぎないものを選び、デザインと彫りと石とその他オプションを考え……。
プロポーズのシチュエーションも実はもう少し考えていたのだが、結局言い逃げになってしまった。
カッコつけないで返事の期限ぐらいは指定しておくんだった、と後悔しても後の祭り。
マキは会場準備もそこそこに逃亡したと芦屋から聞いた。
婚約なんて自由な彼女には少々荷が重かったか、と思い始めると頭を抱えたくなってくる。
「しゅ、主将、大丈夫ですか……」
ふと気付くと次期主将が乾杯のグラスを持って傍らにおどおどと立っている。
料理の準備は整っており、他の部員も大体席に着いているようだ。
「すまない、乾杯の挨拶を考えていた。ありがとう」
すぐさま芦屋がオレンジジュースのペットボトルを片手に走ってきて、そのグラスに注いでくれた。
さすがマネージャー、僕の好みがよく分かっている。
「マキ、やっと戻ってきたで」
「本当にさすがだな」
「主将に言われると照れるわ〜〜できれば彼女の躾もきっちりお願いしたいけどな」
そうぼやく芦屋の目元には既に疲労の色が滲んでいる。
「僕からも謝るよ。責任の一端はあるし。迷惑をかけたな」
声のトーンを落としてその目を見つめると、芦屋は耳を赤くした。
マキもこれくらい手軽ならいいのに、と内心思いつつ、会場中央に足を進めると、場内の視線がぱっと集まったのを感じた。
「今日はこのような会を僕らのために企画してくれて本当にありがとう。後輩、マネージャーのみんな、そして次期主将には感謝してもしきれない。
色々言いたいことはあるけれど、そろそろ目の前のご馳走に待ちきれない奴も多いだろうから、僕からの挨拶はこのあたりで。
それでは、我らが洛山高校バスケ部の益々の発展を願って−−」
グラスを高く持ち上げようとした瞬間だった。
「待って! 私からちょっといいですか!」
マキの声が響いた。
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