契約

未来は変えられるものだと思っていた。

ひとの背後に浮かぶ、あの饒舌な画を見ることができれば、大抵のことは予想できた。やろうと思えば、だれかを自分の好きなように誘導することだってできる。マキは今まで、心のどこかでそう思っていた。

ところがどうだ、この指輪は。
終わりのない円環。何かの故事を引くまでもなく、見るからに「契約」そのものである。

契約、すなわち征十郎のそばにずっといること。指輪を軽々に受け取った時点で、それに効力を持たせてしまったのだ。

マキにとって、自分以外の誰かに未来を決められるのは初めてのことだった。
初めてのことだから、どう評価すればいいかも分からない。

良いことなのか、悪いことなのか。
この先自分はどうなるのか。

マキは征十郎が座っていたソファを眺めていた。かなり時間が経っているようだった。3時過ぎには送別会の準備が始まってしまう。そうしたら最後、バタバタしてゆっくり考える暇などなく、流されてしまうのは目に見えている。


「逃げるか」


マキは腹を決め、すっくと立ち上がった。
少し迷って、指輪をケースにしまい、ケースごとパーカーのポケットに突っ込んだ。

あてはなかったが、自分を止めることはできなかった。


マキはフードを深くかぶり、誰にも見られないうちに家を脱出した。
出てすぐの大通りに、観光客でごった返すバスが停まっていた。
行き先は金閣寺。これだ、とマキは思った。

ダッシュでなんとか乗り込むと、ぷしゅうと音を立てて扉が閉まり、それとほぼ同時に車体がガタンと揺れた。
どうして京都のバスはこんなに運転が荒いのか。
体勢を立て直して、すぐ頭上に路線図があるのに気が付いた。3年も住んでいるのにバスについてはよく分からない。

ふうんと思いながら、乗っているバスの路線を辿ってみると、途中で下鴨神社に寄ることが分かった。
特に根拠はないが、そこで降りるのが良さそうな感じがした。


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