赤司の訪問
秒針のふれる音だけが聞こえている。
木製の古い掛時計は10時15分を差した。
目の前のローテーブルには日本茶の入った湯のみと、一口サイズの最中が2つ。
僕は湯のみに手を伸ばし、ソファに深く座りなおした。革張りの黒いソファはいかにも来客用といった風情で、応接間という空間にふさわしい。
僕がマキの家を訪れて、この応接間に通されるのは2回目だった。
1回目は高校の入学式より前だ。特に理由もなくやってきて、そう、ポーカーでマキに負けたんだった。
今でもその衝撃は鮮明だ。
この僕が油断していたとは言え、あんなすっとぼけた女子高生に負けるなんて。
それから一度でも、本当の意味でマキに勝てた試しはない。
1週間前、家まで急に押しかけておいて、面倒になったら帰る女だ。
それからずっと連絡もない。
かと言ってこちらから連絡するのも癪だ、と思っていたら、この数日何も手につかなかった。
全部マキのせいだ。
そう思うと、湯のみとテーブルが強めにぶつかってしまった。割れてはない。危ない危ない。
大体なんだ、この僕に朝から家に来させるほど放置するなんて。
浮気のことを許してないならはっきりそう言えばいいだろ。
イライラがピークに達した瞬間、ドアがいきなり開いて、室内にマキが滑り込んできた。
「ごめんなさい、征十郎。おまたせしました!」
マキの頭はぼさぼさで、服こそかろうじて着替えているものの、顔は寝起きそのものだ。
そういえば朝は弱かったな、と思っていると、マキは僕の顔を見て、うっと声を出した。
何を察したのか、本当に怖がっている様子だ。
その様子があまりにおかしいので、僕は思わず笑ってしまった。
「構わないよ。こちらこそ急に押しかけてすまなかった」
顔を見れば許せるなんて、僕らしくもない。
「びっくりしたよ。どうしたの?」
マキは僕の隣にぽすんと座った。
そして探るような視線が僕の手元に刺さる。
小さな白い紙袋。
目ざといな、と思いつつ、紙袋から箱を取り出して、マキの薄い手のひらにのせた。
「これを渡しに来たんだ」
「……え?」
ためらいなく中身を確かめようとしたその手を制止して、顔をのぞきこむと、マキはぴたりと動きをとめた。
その瞳の奥から、どんな種類の感情の波も消える。困惑も焦りもなく、空虚でもなく。
小さくてごわごわした僕を包み込むような、なめらかな静寂が訪れた。
「受け止める覚悟ができたら開けてくれ。時間がかかってもいい。できなかったら、そのまま返してほしい」
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