逃走

そのときだった。
征十郎の背後で猫またがだんだんと大きさを増していく。征十郎ごと飲み込まんばかりに巨大化した猫または、マキの鼻先にその舌をのばす。

このままでは、いけない。
マキは弾かれたように立ち上がった。

「帰る」
驚く征十郎を尻目に、マキは玄関に走った。

「また僕を置いていくの?」
マキがドアノブに手を伸ばした瞬間、征十郎は反対の手首をつかんだ。
置いていかれた子どものような顔をして。
マキは少し泣きそうになりながら、猫またをにらんだ。

「寂しいからといって、何をしてもいいわけじゃないでしょ?」
「……さみしい?」
「浮気。やっぱり許せないです。またね」

マキは征十郎の手を振り払って、思いっきりドアの外へ飛び出した。
追いすがる足音は聞こえなかった。
アパートが見えなくなるまで走って、マキはようやく足を止めた。
何をしに行ったのか自分でも分からなくなってしまったが、多分これでいいのだと思った。多分。


スマホを開くと、1時間も経っていなかった。
しかしその間に何十件とラインが来ていた。
部の送別会の話だ。
主催者であるマネージャーに先輩達が加わったグループライン。
会場はマキの豆腐屋にしようか、というところで会話が終わっている。

「多分大丈夫だと思います」とラインすると、すぐに既読がついた。
後日マキと一緒に予約がてら店に行く、と芦屋が反応した。
そして、その芦屋から間髪おかず個チャが飛んできた。

『赤司くんと話せた?』と芦屋。
この前、ラインで赤司の浮気を相談したのをまだ気にかけていてくれたのだろう。
カンがいいな、と内心舌を巻きつつ、正直に事の顛末を書いた。
文章にしてみると一層意味のわからない状況だ。
征十郎の自宅に押しかけて、同棲を切り出したかと思えば、逃げるように帰宅。

『は?』
『私もよく分からないの』
『仲直りできひんかったってこと?』
『いや、それはできた』
征十郎の安堵の面持ちを再び思い浮かべて、マキは自身に頷いた。

『よー分からんけど、とりあえず1週間くらいは会わない方がええんとちゃうかな』
『1週間というと?』
『送別会。ちょうど来週の土曜日やろ』
ったくアホちゃうか、とスマホの前でため息をつく芦屋の姿が見えるようで、マキは即座に『ごめん』と送信した。


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