濃灰

京都の夕方、灰のような雪が舞う中、1人の若い女が赤い傘を携えて足早に歩いていた。
濃灰のロングコートの裾を跳ね上げるたび、耳元で切りそろえられた黒髪が揺れた。その生白い首筋を覆い隠していた長髪は昨日までの命。

女はもはや少女ではなかった。生まれ出でたばかりの美は称賛に値すべきものだった。ここが錦通りであったなら、あるいは祇園の街角であったなら、女は注目の的だっただろう。

しかし、女が歩くのは、学生寮の並ぶひと気のない小道だった。そして、それは女にとっては幸運だった。

女はずっと何を言おうか考えていた。唯一聞こえる自分の足音に、唯一見える自らの青い影に励まされて、ようやくその尻尾をつかみかけていた。


「マキ?」


その声は、古びたアパートの2階から降ってきた。
赤い髪の男だった。
彼は今まさに自宅の扉を開けようとして、階下に近づく赤い傘を認めたのだった。

「来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないだろ。ひと昔のドラマでもあるまいし、心臓に悪い」
「ごめんね、征十郎。ちょっと話したいことがあって。今、いいかな?」

男はさすがに驚いたようだったが、すぐに立て直して、どうぞと言った。女は傘を閉じると、ヒールを軽快に鳴らして階段を上がった。



「事前に言ってくれれば、何か気の利いたものを用意しておいたんだが」

征十郎はほうじ茶を小さなちゃぶ台に出すと、それを挟んで、マキの真正面に座った。

「なんかさ、久しぶりだね。2週間ぶりだっけ?」
「東京で会って以来だと、そうなるな」

征十郎は少し気まずそうに視線を逸らし、ため息をついた。
それから、もう一度マキをまっすぐに見据えた。


「さっそくだけど、本題に入ろうか。こんないきなり来たからには、言いたいことがあるんだろ」

マキはその視線の強さにひるんだ。
その間隙。
その瞬間。
ぐるぐると考えていたことが、いきなり口をついて出た。


「一緒に暮らさない?」



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