車窓



マキは博多行きの新幹線に乗っていた。山岳地帯が近いのか、トンネルが増えていく。
窓に自分が映るたび、げんなりした。ひどい顔をしていた。

マキは、征十郎との関係を出口の見えないトンネルのように思い始めていた。
今朝ならまだ笑って「いいよ」と言えた。でもマキは逃げてしまった。お互いに引っ込みのつかないやり方で。

何から逃げてきたのだろう、とマキは思った。
征十郎の浮気を許すこと、からではないような気がしていた。

いわば重圧だった。
征十郎は東大に行くはずだったのに、マキのために京都に残ったという事実が今更にのしかかってきた。
もちろんそれは征十郎が自分で選んだことだし、一浪したところで東大に入れない可能性だってある。

でも、そういうことではないのだ。
マキは、他人の人生に責任を負うのが怖かった。恋や愛ではもはや済まされない場所まで来てしまった。
マキの知らないうちに。


「そうだよ、相談してくれればいいのに、なんで何も言ってくれないのよ!」


気付いたときにはそう叫んでいた。
周りのサラリーマンがぎょっと振り向いたが、そんなこともどうでもいいくらい、マキは征十郎に腹を立てはじめていた。
征十郎から謝ってくるまで、絶対に話さないことを心に決め、マキは目を閉じた。


身体はぐったりと疲れていた。
わずか3日の東京遠征はあまりに濃密だった。思えば最初の目的は、アイドルのワンマンライブだったのに、ずいぶんおかしなことになってしまった。

同志のこともすっかり忘れていた。しばらくトゥイッターのタイムラインを追えていないが、皆どうしているだろう。
哀しい牡鹿の画を背負った、宮地清志という男の顔が浮かんで消えた。

征十郎と違って趣味を共有できる人。
「征十郎の彼女」のマキに近付いてきたと告白してきた人。
マキが征十郎以外で最も親しくしていた人。

それでも征十郎と別れて宮地と付き合うのは、起こり得ないことのように思えた。


マキはため息をつきながら、ふたたび目を開けた。窓の向こうで穏やかな田園風景が流れていく。頭が混乱して眠れそうにない。


どうやらマキの本心は征十郎と別れることは望んでいないようだった。

ならばどうすればいいのだろう。
どうやってこの騒ぎを終わらせればいいのだろう。どうやったら元に戻れるのだろう。

いや、もう次に進む時期が来たのかもしれない。
付き合いが3年目になり、大学に進学する今、マキと征十郎はひとつの区切りを迎えたようだった。


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