接触



マキは、これが三年目の浮気というやつか、と妙な感慨を覚えながら、差していた赤い傘を改めて眺めた。

この傘は三日前に征十郎が買い、ある女が持ち出し、昨晩返しに来たという経歴を持つ。
マキは、なぜ自分が今度は持ち出してしまったのか考えたが、分からなかった。
考えても仕方のない気がした。


それから、征十郎のことを考えた。
征十郎はマキが宮地に会っていたことに、予想外に衝撃を受けていたようだった。
征十郎は自分のことは未遂だからと棚に上げ、ひたすらマキを攻撃するのだった。

しかし、征十郎も、マキが宮地と浮気していないことは理解していた。
征十郎は、マキを責めることで、自分の浮気をうやむやにしようとしているように見えた。


マキが気に入らないのは、征十郎が女を家に連れ込んだこと自体ではなく、その態度だった。
三年目の浮気くらい大目に見ろよ。
マキは有名なその一節をそのまま征十郎に当てはめ、苦笑した。


マキは、征十郎がお父さんの前で見せた誠意を疑う気にはなれないが、口ではなんとでも言えるのだ、と思ってしまった。
今朝方マキが征十郎の家を出たのも、このまま征十郎と話していると、自分の意思とは関係なく、あの政治家並の口のうまさで言いくるめられるような気がしたからだった。


傘の赤いビニールに白い塊が張り付いていた。マキが払い落としたそれは、まだら模様のアスファルトに、溶けることなく降り積もった。
バンパーの音がすぐ近くで聞こえて、マキが顔を上げると、自動車が道に行列している。
まだ九時台なのに、都心は雪でストップし始めている。


マキは、京都に早く帰って、これからの征十郎との付き合いをゆっくり考えよう、と思った。
やはり、芦屋えりかと三人の先輩の顔が浮かんだ。

洗いざらい話してしまいたい衝動に任せ、マキはスマホを取り出した。
彼らに文章を送るために、傘を閉じ、近くにあったコンビニの軒下に入った。


すると、ちょうど一台のトラックが店の前に止まった。
どうやら朝一番の搬入らしく、自動ドアが開いて、店員らしき男も出てきた。
マキはできるだけ邪魔にならないように端に寄った。

とりあえず、芦屋には『征十郎と喧嘩した』と送り、『皆に相談したい』と付け足した。


すぐに既読がついた。


『何でやねん』
『征十郎が浮気未遂』
『それだけ?』
『征十郎は、あたしがアイドルの同志と会ってたことを怒ってる』
『今どこ?』
『東京。昼には帰るけど』
『じゃ、今日会って話そ。また連絡ちょうだい』


芦屋からの返信はそこで途絶えた。
征十郎と違って、だらだらと長い文章を送ってこないで、伝えることだけさっさと伝えるスタイルが、マキはかなり好きだった。

マキはようやく人心地ついたような気がして、ほっとため息をついた。
コンビニの搬入もちょうど終わったようで、店員がマキの傍らを通った。


「え?」


店員がマキの顔を見て立ち尽くしている。
所在なさげな伝書鳩の画マキは少ししてその男が誰か思い出した。

秀徳の高尾和成だ。緑間真太郎の相棒。
以前のように、その伝書鳩は大きな古時計に入っていない。


「和泉マキちゃん、だよな? 俺のことは……覚えてねえか」
「ううん。高尾くんでしょ、印象的だったから。あたしこそ、ただのマネージャーなのによく分かったね」


高尾は決まり悪そうにマキから視線を外した。


「ついこの前、赤司が店に来たから。あいつ、ここら辺に家あんだな」
「そう。普段はお父さんが住んでるらしいけど」
「……あー、もしかして喧嘩中だったり?」


マキはびっくりして、高尾の顔をまじまじと見てしまった。
ほぼ赤の他人の事情を、そんなにすぐ悟れるものなのか。

高尾は取って付けたように、「赤司とちょっと話したんだよ」と言った。
伝書鳩の目が光る。
マキは、こんなに鋭い人もいるのか、と思った。


「宮地さんから何か聞いてるの?」


マキがそう聞くと、今度は高尾が驚く番だった。


「いや、むしろどういう知り合い?」


アイドルの同志だとマキが答えると、高尾は呻きながら空を仰いだ。


「後で直接聞いとくけど、あれだろ、昨日ワンマンだったんでしょ。宮地さんのインスタで見た」
「そうなの! でもあたし、色々あって行けなくって。ごめんなさいって、言っておいてください」
「ラジャー。それじゃ、俺バイトに戻らなきゃ」


高尾は苦笑しながら、マキに手を振った。
雪は降り止みそうもない。

prev/next

back



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -