防戦

征十郎パパもまた、マキの顔をまじまじと見て、不思議そうに言った。


「正直言って、きみのような女の子を征十郎が連れてくるとは思わなかった。
何というか、もう少しガツガツしているか、人形のような子だろうと思っていたんだが……
きみはどちらでもないね」


褒められているのか貶されているのか、決めかねる言い方だ。
征十郎もマキと似たような顔をしていた。

その緊張の間をすかさず突いてくる。


「華奢で綺麗な外見とは裏腹に、頑固で、人をよく見ているところがあると思えば、少し抜けていそうだな。
きみはうちの妻によく似ている。
征十郎。もう何年になるんだったかな」


征十郎は、絞り出すような声で「10年です」と答えた。
母親の話はタブーなのだろう。表面上は冷静を装っているが、少年は今にも爆発しそうだ。
征十郎パパはそれを知っていて、非情にも、なお畳みかける。


「時の流れは早いものだな。思えば、おまえにも苦労をかけた。
仕事が忙しくて、男手ひとつで育て上げたと胸を張れるほど、あまり構ってやれなかったが。それでも、成績も上々、運動も出来れば、生徒会長もやっているお前を誇りに思っているよ」
「父さん、茶番はやめましょう」
「茶番? どういう意味だ」
「思ってもいないことを言わないでほしいと、言っているんです」


セリフでも読むように流れていく言葉を、征十郎が止める。
マキには細かいことはよく分からないが、征十郎が苦しむのなら、なんとか話を変えなければならない。


「あなたは征十郎とあまり似てませんね」


マキがそう口火を切ると、二人は同時にマキを見つめた。

「なぜそう思うのかな」
「あなたの方がずっと気が短いように見えます」
「きみがそう言うのなら、そうかもしれんな。征十郎は、ことに君のことにかけては気が長いようだ。わたしには到底、真似できない」


モナリザは微笑を絶やさない。


「きみは聞いているのかな。わたしは息子を東大にやりたいと思っていたが、息子は君と同じ大学に行きたいと言っているんだ。
それで、プロのバスケ選手になる道を選ぶと」
「はい。知っています」
「それなら話が早い。征十郎の性格からして、そういうことは伝えていないかと思ったんだが」


もちろん征十郎は心底驚いている。
まさかマキが宮地経由で進路の話を聞いているとは思わないだろう。


「わたしはね、今、きみならいいと思っているんだ。息子の恋人として申し分ない。これでも人を見る目はあるつもりだよ。

だが、わたしが征十郎なら東大に進学して、きみもどこかの東京の大学に通ってもらうな。遠距離に耐えうるなら、きみは京都に居てもいいだろう。

それで、まあ物の例えだが、わたしはまた政治家になって、きみは秘書にでもなってもらおうか。バスケ選手とマネージャーの関係だね。

これでは、嫌か?」



しん、とした。
一瞬、マキにも何がだめなのか分からなくなった。
それほどの説得力、言葉を超えた何かがあった。

しかし、征十郎がぽつりと呟いた。
「嫌だ」と、確かにそう言うと、モナリザは初めて表情を曇らせた。


「俺はもう、あなたの敷いたレールを行きたくない。自分で、もう決めたことです」

「違うだろう、征十郎。
それほどまで決心が固いなら、どうして学費を払う段になるまで、わたしに黙っていたんだ。
学校推薦というからには、秋には決まっていたはずだ。それからもう半年ちかく経っているんだぞ」


その反論には征十郎はぐうの音も出ないはずだった。
征十郎は、マキに東大の話をしなかったように、父親にも推薦の話をしなかったのだ。
なぜか。


「本心を当ててみせようか。
東大に未練があるのだろう。
あるはずだ、わたしはおまえをそう育てた。スポーツ推薦で行ける大学など、大学と呼べる代物ではない。
おまえの足元にも及ばない連中が、おまえより上の大学に進学していくんだ。
おまえはそれに耐えられるのか?」


モナリザは、俯く征十郎から、マキに視線を移した。


「それか、きみと一緒にいられるか自信がないのかもしれんな。
先輩たちやバスケでがんじがらめにしておかないと、きみがどこかへ行ってしまう気がしてならないんだよ。
東京の大学なんて、将来有望な男がゴロゴロしているから、捨てられるんじゃないかって、怯えてるんだね」

「えっ、まじで?」
「たちの悪い冗談はやめてください」

「その通り、冗談だよ。若手潰しが職業病で、ついね。大方こいつの本心は、わたしが嫌いだから、そのあたりかな」


征十郎パパは寂しそうに笑って、ベッドに深く座り直した。

もしかしたら、体調が悪くなってきたのかもしれない。
モナリザの微笑みはいつの間にか消えている。ただこちらをじっと見ている。
征十郎と同じで、誰かに弱みを見せることを知らないのだろうか。


ふと、10年前に亡くなったという征十郎ママを思った。
わずか8歳の征十郎と、不器用な男親を残して逝くのは、さぞ無念だったろうと、マキは思った。


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