8

春眠暁を覚えず。
つくづくよく出来た言葉だと思う。

春の穏やかな日差しの心地良さったらない。剥製の並ぶ理科室で単調にノートをとる意義も見失うというものだ。
マキは真っ黒い実験机にできた日だまりに、そっと頬をくっつけた。


「……和泉、いま何の時間か知ってる?」
「多分、物理」

呆れかえったような赤司に、マキはつっぷしたまま目線だけ上げて答えた。

「この時期に居眠りなんて、先が思いやられるな。そんなんだから僕らの世代はゆとりなんて言われるんだよ」
「ここ、すっごいあったかい……」
「僕の話を聞け」


今日で授業が一巡する。
赤司がマキの家にやって来てから、もう1週間半が経とうとしていた。

あれから数日はマキも身構えていたが、クラスに馴染んでいくのと平行して、赤司とは授業中に無駄口を叩けるぐらいには打ち解けていた。

ただ、あの猫またはなりをひそめていて、面白味は少し欠けていたけれど。


大体な、と赤司が始めようとした説教を遮るように、3限終了を告げるチャイムが鳴る。
ナイスタイミング。思わず吹き出した。



「納得いかない。なんで注意してあげた僕が笑われなくちゃならないんだ」
「ごめんごめん。ちょっとおかしくて」
「表情、言葉、態度、どこにも謝罪の念が込められてないようだがな」

「あ、そんなことより4限って……」


思わず何だっけ、と続くはずの言葉が出てこない。
クラスメイト達はちらちらと赤司を見てはマキを見てひそひそしている。

これが教室に着くまで続くと思うと、ぞっとした。


「世界史だよ、確か。どうかしたかい?」
「……あぁ、うん。ありがとう」
赤司は注目を集めるのに慣れているのか、歩くスピードすら変えない。
一体、本心では何を考えているのだろうか。


「そういえば和泉、筆箱は?」
「え?」

ここにあるよ、と言いかけて、新しい教科書とノートしかないことに気付いた。
おそらく、実験机の上に置きっぱなしだ。

「げ、取りに帰んなきゃ。先生に言っておいてくれる?」
「構わないが、あと2分だぞ」
「大丈夫」

マキはくるりと踵をかえして、もと来た方向へ走った。


物理室には誰もいなかった。
4限はどこのクラスも使わないらしい。人がいないと、想像以上にだだっ広くて静かだ。

筆箱はやっぱり机の上にぽつんと残されていた。

ほっと胸を撫で下ろす。教えてくれた赤司には感謝しなければ。
助け舟を出してくれた、という点でも。


少し悩んで、マキはまた椅子に座った。
「……もう、いっかーー」


机に身体を投げ出すと、マキは驚くほど簡単に眠りに落ちていった。



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