高尾の邂逅





もう丸2年経つのに、あの女の泣き顔が夢に出てきた。

シチュエーションは洛山に負けた準決勝のときそのままだ。宮地さんも真ちゃんも、早々と会場を後にしていて、俺だけが少し、未練がましくそこにつっ立っている。

やたらうるせーなあ、と思って見上げたら、観客席はびっしりで、やっぱりキセキとやらはすごいのかね、なあんて、訳もわからず腹が立ってきて。
でも泣くのは癪だから、みんな鮭フレークだと思うことにする。ガラスの小瓶に入ってて、開けたらすぐ食べなきゃいけないやつ。バスケコートは瓶底だ。ふたはまだ開いてなくて、俺はその圧力で押しつぶされそうになる。


『キセキの世代なんて知らない』


がやがや鮭フレークからぽろっと落ちてきたいくらみたいな声がした。
俺の目はすぐに、一番近いギャラリーに佇む一人の女を認めた。試合前に真ちゃんと会った、妙な女。和泉マキ、という名前だったはずだ。

マキは俺のことを見ていた。お前らが勝ったんだろ、って思わずツッコミたくなるような顔だ。なっさけねー顔。

バカみてえ。お前の同情なんていらねえし、罪悪感なんて捨てちまえ、ってんで、俺はやっとマキと視線を合わせる。
マキはまさかこの距離で気付かれると思ってなかったらしく、目を見開く。


そんな彼女に、俺は笑ってやった。
ここ一番の笑顔をぶちかましてやった。


その瞬間、瓶のふたが、ポンって開いてしまった。圧力から解放された反動で鮭フレークが飛び散る。
マキは泣く。
いくらみたいにぷちんと弾ける彼女に誰も間に合わない。



夢はそこで終わり。なぜなら実際、俺はその後のことを知らない。加えて言うならマキの姿を見たのもそれが最後だった。

風の噂ではまだ赤司と付き合っているらしいが、マキが来なくなった詳しい理由は知らない。知りたいわけでもない。
が、こうして突発的にリアルな夢を見ると、バイト中までマキのことを考えざるをえなくなる。
うう、不愉快。何より、何で今日なんだ。と思っていたら、客がいるのに気付かなかった。


「すみません、レジ……」


はいはい、すみませんねと受け取ったのはゴムだった。思わず三度見した。
いや深夜だから別にいいけど、と思いながらもやっぱり客の顔を拝むことにする。


「あ」

赤司じゃねえか。


「……なぜお前がこんなところに」


と赤司は苦々しげに言って、手にしていたおにぎりとコーヒーを合わせてレジに置いた。ちょっとお高め和紙っぽい包装の、鮭といくらのおにぎり。
晩飯にはもう遅いしそもそも少ない。不健康極まりねえ、とかお母さんみたいなこと言ってる場合じゃない。


「そりゃこっちのセリフ。てか京都にいるんじゃねーのかよ」
「ちょうど帰省していてね」


赤司はさすがにきまりが悪いのか、一刻も早く会話を切り上げようとしていた。
普段の俺なら、そりゃまあ気になるけど、仲良いわけでもなし、空気を読んでハイサヨウナラ、としているところだろう。

が、今日の俺はあんな夢を見た後だった。運命的な何かを感じた。


「じゃあ、彼女も一緒? ほら、なんだっけ。マキちゃんだっけ」


赤司は何も答えない。
ーー無言の肯定とは何かが違う。これはもしかして、もしかして。


「彼女には言えないやつ?」
「お前には関係ない」
「ふうううん」


へええ、あの赤司様が浮気。ずいぶん人間らしいことをなさるのね。へえええ。


「ま、俺はそこまで鬼じゃないから、桃井ちゃんとか真ちゃんに言ったりはしねーけど。たぶん」
「…… 何が望みだ」
「別に? たださあ、ちょっと帰省するだけなのに、相手に不足しないのは羨ましいと思うんだよね」


赤司はさすがと言おうか、顔色一つ変えないが、それでも徐々に疲労の色が滲んできた。
日中何があったか知らないが、彼女と離れるのは帰省の間だけだってのに、女を調達してくるなんて、余程参っているのかもしれない。
対して俺はさっきまで居眠りこいてたから超元気。赤司は何かを観念したらしい。


「中学のときの友人だよ。実家のそばでたまたま会った。これ以上はいいだろ」


赤司は「興がそがれた」とため息をついた。



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