緑間の主張
赤司はちょうどいい売店を見つけてさっさと入ってしまったので、緑間は慌てて後を追った。
「赤司、説明するのだよ。お前は浪人して東大を目指すつもりはないのか。
お前なら、当然そうするはずだと思っていた。少なくとも、東京には戻ってくると思っていた」
赤司は色とりどりの傘が並ぶ一角で静かに立ち尽くしていた。緑間の剣幕など何処吹く風で、「こうたくさんあると決めかねるな」とだけ言った。
焦れた緑間は白い柄のビニール傘を抜き、赤司に突きつける。
「これでいいだろう。いいから真面目に答えるのだよ」
「俺はいたって真面目だよ、緑間。お前はなぜその傘を選んだんだ?」
「決まっているだろう。最も無難で安いからだ」
緑間は怪訝な面持ちのままだが、赤司は構わず続けた。
「うん。おそらく8割ぐらいの人間がお前と同じ選択をするだろう。
だが、無難だから、病院の傘立てになど置いておけば見分けがつかないだろうし、その骨の数ではすぐ壊れるだろうな」
緑間はその傘を引っ込めざるを得なかった。
赤司は遠回しに自身の進路の話をしているようだが、そうだとしたら信じられない話だった。
赤司にとって、東大進学ではなくて、無難でなく、個性的で、「壊れてしまう」ことはない選択肢とは一体何なのか?
普通に考えれば、バスケだ。
中学以来最強で鳴らしてきた赤司が、大学で極めたいと思うのは自然である。
だが、緑間の脳裏にもう一つの可能性が過ぎる。
ありえない、そう思ったが、緑間の手は赤い傘に伸びていた。
赤司の口から、「そんなこと」はありえないと否定してほしかった。
「お前の彼女は、マキと言ったか」
「気安く呼ばないでくれ」
「……彼女ならば、これを選ぶだろうな」
赤は赤でも、絵の具をぶちまけたような原色に、赤司は目を細めた。
「そうだね。お前はよく分かってる。
マキならきっと、お前みたいに準備が良くないから自分も傘なんか持っていなくて、彼女は赤が好きだから、髪の毛とおそろいだねなんていってうまいこと俺にこの傘を買わせるんだろう。
彼女が傘を開いて、俺が差すのかな。
それで、彼女の方が家が遠いから、結局この傘は彼女のものになるんだ」
赤司はそこで急に言葉を切った。泣き出すのかと思わせるような間があった。
だが、赤司は笑って、緑間の呆けた顔を見上げた。
「何だ。あっさり正解を出したくせに、ずいぶんな反応だな」
「違う。正解ではないはずだ。結局、お前は違う傘を差すのだよ」
「なぜそう思うんだい?」
「この傘はあまりにも派手で、子供じみているからだ。そして、高くつくのだよ」
緑間はそう言い張ったが、赤い傘はレジに通された。
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