緑間の憂鬱

東京駅午前9時、殺風景な改札口を足早に過ぎる人の群れがふと止まる。

彼らの視線の先には、奇妙なオブジェを目印に、たった今落ち合ったらしい二人の青年。
片や小柄な赤髪、片や長身の緑髪。そのコントラストもさることながら双方極めて美形である。
衆目を集めることなど茶飯事なのかと思いきや、緑髪は挨拶もそこそこに、辺りをぐるりと見回して、眼鏡の奥で不快そうに目を細めた。


「だからお前と待ち合わせたくなかったのだよ」


と言うが早いか、赤髪の旅行鞄を受け取った。
赤髪のマフラーの隙間から白いけむりがふわりと浮かんだ。


「雪が降っているのか」


改札口の向こうはすぐオフィス街だった。みぞれ雪が黒々したアスファルトへ消えてゆく。その中をくたびれたサラリーマンがぽつぽつと歩いている。たまにタクシーが勢いよく通り過ぎていく。
しかし、赤髪が目を向けた瞬間、その全てが止まった。
緑髪は思わず自身の眼鏡のブリッジを引き上げた。その時にはもう全てが元通りで、現実だったのか錯覚だったのか、もはや分からなかった。


「ああ……急ぐぞ」



赤司征十郎はそういう男だった、と緑間は改めて背筋を伸ばした。
つい3か月前の引退試合で体感した圧迫感とはまた違う、緊張感。

思えば、2人きりで会うのは中学以来だ。


「傘がないんだ。お前のに入れてくれるか?」と赤司は言った。

「まっぴらだ。これ以上目立つ真似はしたくないのだよ」
「つれないな。じゃあ、どこかの売店まで付き合ってくれよ」


赤司はふっと笑うと、駅構内に向かって軽やかに歩き出した。

「今日はずいぶん身軽なんだな」と緑間が言うと、赤司は怪訝そうな顔をした。

「いや、荷物持ちぐらいは今更構わないが、旅行にしてはお前の荷物が軽すぎるのだよ」
「実家に帰るだけだからな。あ、そうそう、土産に八つ橋を買ってきたんだ。忘れない内に出してしまってくれ」


少し間があって、緑間は真剣な面持ちで「聖護院だろうな?」と言った。


「当然だ。俺がお前の好物を間違える訳がない」


「人事は尽くされたのだよ」と緑間は見るからに機嫌を良くした。
ボストンバックを開くと、四角いビニール袋があり、八つ橋が三箱入っていた。緑間はその一つを取り出すと、少し迷って、「一つでいいのか」と聞いた。


「ああ。残りは親父への差し入れだ」


緑間はその言い方に引っかかるものを感じ、赤司の表情を窺った。
赤司は、まっすぐ進行方向を見据えたまま、言い訳くさく答えた。


「正確には、親父の入院先への差し入れというべきかな。あの人は身の回りのことは本当にうるさいから、病院の人に迷惑をかけていると思うんだ。そうそう、実は、今回の帰省は親父が入院したからでね。この間、急に脳卒中を起こして。もともと高血圧だったみたいだけど、あの人ももう年だな」

「俺は、大学の話をしに帰ってきたものと思っていた」と緑間はやっとのことで言った。赤司の父親が倒れたなんて、初耳だったのだ。
しかし、赤司の衝撃発言はそれだけではなかった。


「問題はそこなんだよ。どうやらあの人、僕が京都でスポーツ推薦をとる旨を電話した、その翌日に倒れたらしい」


緑間はおのれの耳を疑った。

−−あの赤司が京都に残る。

それは赤司が、緑間と同じ、そして彼の父も望んでいただろう大学へ進学しないことを意味していた。

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