20,5≠黛

根武谷の頭がまっきんきんなのは誰もが見慣れてしまっていて、今更ゴチャゴチャ言う奴は一人もいなかった。

根武谷自身、見た目の割に中身は素朴な奴だと皆知っていたのもあるが、何となく出来上がってしまったバランスとか暗黙の了解というものは、中々に崩しにくいものだ。


しかし、ある日のこと。

深窓のご子息こと、空気を読まない赤司主将は、耐え切れなくなったように言った。


「根武谷。いい加減に刈ってこい」

「……あん? 何をだよ」

『買ってこい』と聞き間違えたらしい根武谷は、疑問符を浮かべて、ボールをバウンドさせるのを止めた。


「その浮ついた頭に決まっているだろう。今までどうして認められていたのか知らないが、気が散る。何とかしろ」

おそらく赤司によって、日々遠回しに言われていただろうに、鈍感な根武谷は全く気付いていなかったらしい−−心底から驚いたような顔をした。

さすがの根武谷でもキレるんじゃないか。

そんな空気が体育館を支配したものの、当の本人は慌てたように答えた。

「わ、分かったよ。悪かったな」
「明日までだぞ」

赤司はその反応が至極当然とばかりに、「練習を再開しろ」と惚けた俺たちに向かって言った。


「赤司はどうなんだよ」

普段通りに動き始めようとした体育館が、再び止まった。
これはやばい、という視線が俺と赤司に集中する。さっきよりも更に緊張感を強めて。

「黛か。何が言いたい」
「別にいいんだけど、アンタのその髪、根武谷よりよっぽど派手じゃね?」
「…… 僕は染めてるわけじゃない」
「だから、それを非難してんじゃなくて、人のこと言えんのかよって話」

赤司の髪にも、赤司自身にも強い不満があった訳じゃない。
万年補欠だった俺をレギュラーに起用してくれて、認めたくないがちょっとは感謝している。

ただ、まだ赤司に飼い慣らされちゃいないってことを見せつけたかっただけなんだ。


しかし、翌日、つまり今日、朝練に出た俺が目にしたのは赤司の真っ黒な髪だった。



「フツーさあ、マジでやってくるか? ちょっと嫌味言っただけだっつーの」

俺がそう締めくくると、彼女は「赤司ですから……」と苦笑した。
やっぱりな、と思った。

何をしてもかわいい。


放課後、赤司の件で呼び出された俺は、社会科研究室、通称「白金専用」で監督が来るのを待っていた。

どうせ赤司に謝れとか部活の和を乱すなとか説教されるのだろう。俺一応、最高学年だけどね。
げんなりしていた矢先に、腕いっぱいの提出物を抱えて現れたのがマキちゃんだった。

残念ながら彼女は俺のことを知らなかったが(当たり前だ)、バスケ部であることを伝えると、はにかみながらも話してくれた。


おい、おまえらのアイドルとサシで話してんぞ俺。

形容しがたい優越感でにやけそうな口元を抑えるのでいっぱいいっぱいだった。

赤司征十郎とつるんでいる標準語の美少女。和泉マキの名前は学年関係なく有名で、特にバスケ部では知らない奴はいない。
聞くところによれば、もう声をかけた命知らずもいるらしい。

だが、大半は赤司の彼女という認識で「触らぬ神に祟りなし」を貫いているし、騒ぎ立てるほどでもないだろうと。

今、こうしてマキちゃんと近距離で話すまでは、愚かなことに俺もそう思っていた。


「そっかー…… 赤司が髪染めるなんておかしいと思ったんだよなあ」
「つかあいつ、マジで地毛なんだな。改めて驚いたわ」

共通の話題が赤司しかないのは気に食わないが、これもマキちゃんに近付くためだ。

利用できるものはとことんしてやれ、と自分に言い聞かせていると、彼女はふふっと笑った。


「え? なに、どうしたの」
「どこ行っても大騒ぎだったな、ってちょっと思い出しちゃって。黒髪が似合うのがまたあれなんですよね。赤司も『そういう気分だった』としか言わないし」

教材の並ぶ棚に背中をもたせかけながら視線を落として、穏やかに微笑む彼女を、俺は呆然と眺めることしか出来なかった。



「付き合ってんの? 赤司と」

そして、気付けばそんな言葉が飛び出していた。

「まさか! 先輩からでもそう見えますか」
「ちげーの? アイツとそんなに仲良く出来る奴、聞いたことねぇよ」
「違いますよ。全くもう…」

仕方ないなあ、という風にマキちゃんはまた苦笑いを浮かべた。
クラスメイトにもよく言われる、それも慣れたように付け足した。


何となく出来上がってしまったバランスとか暗黙の了解は崩しにくいものだ。

どうして今まで気付かなかったのだろう。


「……俺も、赤司も、一緒か」
「ごめんなさい、今何て?」
「いや…… 赤司の奴、マキちゃんが言えばすぐ髪色戻すんじゃねぇかな」
「なんですかそれー」


マキちゃんを見ながら、なんとなく、赤司に謝ってやろうかなと思った。



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