▼男子中学生日記


その日 豪炎寺修也は鬼道有人に屋上に呼び出された

鬼道は屋上の柵に寄りかかり腕組みをしている

「何だ?改まって…」
「…俺は偶然聞いたんだ」

唐突に話し出した鬼道のこめかみには青筋が浮かんでいる

「…何を?」
「半田が嬉しそうにはしゃぎながら喋っているのを…」
「?」
「プールの授業が、始まる」
「何だと!!!」
「話題の中心は勿論雷門と木野で、半田の野郎…授業だから仕方ないよなあ、などと腑抜けた顔で鼻の下を伸ばしていた」
「ゆ、許せん…」

豪炎寺は鼻の下を伸ばした半田を想像し、熱いオーラをたぎらせる

「しかし授業だ…手も足も出せん…」

鬼道が暗い表情でそう呟くと、豪炎寺も悔しそうに俯いた

「だがクラスが違うだろう」
「半田の様子からすると、何か確信があるらしい」





部活が始まると2人のイラつきは当然の如く半田に向けられているが、当の半田はそれに気付く事は無い
変わりに冷や汗を流しているのは風丸だ

「何かあったのか?」

そう鬼道に尋ねると、鬼道はフッと笑って言った

「風丸も…楽しみなようだな…」
「な、なに」

其処まで言って風丸はハッとした

「もしかして…聞いていたのか?」
「随分はしゃいでいたようだからな」

風丸の顔から血の気が引いて、咄嗟に半田、染岡、マックスへ目をやる

「しかし俺達にはどうにも出来ないからな」

隣の豪炎寺がぼそりと呟くと、いつの間にか傍に寄ってきていたマックスがしれっと言ってのけた

「だったら、楽しんだ方がいいじゃん…」
「た、楽しむ?」

鬼道と豪炎寺は赤くなった

「だって水着姿を隠し通す訳にもいかないじゃん…だいたい女子の水着姿は男子の視線の的になるのは仕方無い事だろ?」

マックスの話に鬼道も豪炎寺も思わず頷く

「それに、雷門は鬼道の、木野は豪炎寺の彼女だって皆知ってるんだし、いーじゃん」
「む…それは、そうだが」

マックスはニヤリとすると2人にたたみかけた

「それとも…見たくない?」

風丸は咄嗟に2人の反応を窺った

真一文字に結ばれた鬼道の口から「うう…」と呻き声が漏れた

必死に何かと葛藤しているようだ

「み、」

みたい…と豪炎寺が遠くを見ながら声にならない声で呟いた

その視線の先には秋がいる

「でしょ?鬼道も認めたら?授業だもん仕方ないじゃん?其処まで規制しようとしたら、雷門だって引くでしょ」

その言葉は鬼道を動かしたようだ、ついには頷いて、ちらりと夏未へと目をやった

「これで彼氏からお墨付き貰ったな!楽しみだなー」

マックスはばちりと風丸の背中を叩く

「ぁ、ああ…」
「何かに負けたような気がする…」

そう呟いた鬼道を豪炎寺が慰める

「授業だ、鬼道」
「…授業か」

風丸も頷く

「授業だぞ」
「授業だよな」

振り向くと染岡と半田、ついでに円堂もいる

「円堂お前も健全な男子中学生だったのか…」
「まあな〜」

鬼道の言葉にヘヘッと笑う円堂だが、あれ、と何かを思い出す

「違うクラスでも一緒にプール入るのか?」
「それは」

いつの間にか輪に入っていた目金がきらりと眼鏡を光らせた

「前に校舎を立て直しした時に屋内プールを造りましたね?結構広いから、一緒にやるらしいのです…」
「そうそう!」

半田が相槌をうつ
男連中が頭を寄せ合って喋る様は異様な雰囲気だ…

「なんかいろいろ想像すると、楽しいよな」
「妄想は許さん…」

鬼道が半田を睨みつけるが半田は何処吹く風だ

「雷門も木野もスタイルいいし、脚細いからな」

マックスが言うと風丸の顔が赤くなった

「風丸お前鼻血なんて出して見ろ…」

凄まじい形相の豪炎寺に風丸は青くなった

「皆、何してるの?」

一斉に振り向くと、きらきらと可愛らしい笑顔の秋と、美しい微笑みの夏未が不思議そうな表情で此方を見ていた

「なッ!何でも無いっ!」

豪炎寺が叫んで、鬼道がうんうんと激しく首を縦に振る

「顔が赤いけど、熱でもあるのかしら…」
「な、無い!熱など無いぞ!」

鬼道はさらに顔を赤くし、豪炎寺は明らかに狼狽えている


そんな2人の様子を尻目に残りの男子達はそろそろと離れていく

「大丈夫?豪炎寺君?」
「だッ…だいじょぶ!大丈夫です!の、喉が乾いたな!木野、ドリンクを下さい!」
「?…はい」

秋が渡してくれたドリンクを一気に流し込む豪炎寺

「ゴッ…ゴホッゴホッゴホッ」
「大丈夫?豪炎寺君!」

そんな秋と豪炎寺の様子を眺め、鬼道の顔をじいっと見詰める夏未

「何故目を逸らすの?」
「べ、別に逸らしてないし、やましい事など何も無いぞ」
「怪しいわね」
「は!根拠は何かな?」

フフンと笑う鬼道を疑わしそうに見る夏未だが、タオルを渡す

「…す、すまない」
「いいのよ、本当に具合が悪い訳じゃないのね?」
「あ、ああ…」

心配そうに自分を見詰める夏未の瞳がちくちくと心に刺さる鬼道…
そして豪炎寺は秋の顔をまともに見られない…

「何か罪悪感で豪炎寺あたりがあらいざらい吐きそうじゃね?」

半田がハラハラした顔で豪炎寺を見ている

「鬼道は何とか持ちこたえてるけど危ないぞ」

マックスの言葉に一同が不安そうな顔をする

「雷門と木野の水着姿を俺達が楽しみに待ち望んでるなんて知ったら、軽蔑されそうだ…」

風丸が恐る恐る口にすると、慌てて染岡が言った

「誰かあの2人を連れ戻せ!」
「彼処に入り込むのは至難の業ですよ!滅茶苦茶ラブコメな雰囲気じゃないですか!」

目金がそう言った時…豪炎寺と鬼道に近付く影が…



咳込む自分の背中をさすってくれる秋に申し訳なさを感じている豪炎寺は「こんなやましい事を考えてはいけない!」と思い始めていた

「き、木野…」
「え?」

その時スッ…と何かが通り過ぎ、豪炎寺が固まった

「どうかした?」
「な、何でもないんだ…ありがとう…」

豪炎寺は秋から離れて半田達へ向かって歩き出した



鬼道も、そろそろ限界を迎えようとしていた
汚れのない夏未の瞳が優しく自分を見詰める度、自分の邪さを良心が責め立てた

「ら、雷門…あの」
「何かしら?」

瞬間、またもや何かが通り過ぎ、鬼道は「何でも無い」と言うとくるりと向きを変えて豪炎寺と合流して半田達の所へ戻って来た

「良く耐えたな!」

円堂が嬉しそうに2人を出迎えた

「影野が…」

一同が振り返ると、やや頬を赤くした影野が立っている

「影野、お前が2人を救ってくれたのか?」
「俺は2人が危うくバラしそうだったから…」
「何か言ったのか?」
「夢を壊さないでくれって」

おお…!と一同が歓声を上げた

「確かに雷門と木野には鬼道と豪炎寺がいるけどさ、その水着姿は俺達の、いや男子の憧れ、夢だよな!」

半田が力説し、一同は影野を称え、影野が嬉しそうに笑っているのを豪炎寺と鬼道は複雑な気持ちで見ているのだった








「え?ガセネタ?」
「そう、ガセネタ」

マックスの言葉に鬼道と豪炎寺は顔を見合わせた

「男女混合じゃなくて、男女別で2クラスずつ、合同だって」

風丸が苦笑しながら言うと、あからさまに落ち込んだ顔の半田が「あーあ」と声を上げる

「大方誰かの願望が、広まったんじゃないの?半田みたいなヤツのさ」
「何だよ俺じゃないぞ!」

マックスに半田が噛みついて風丸が半田をなだめる
そんな光景を眺めながら、鬼道は小さな溜め息をついた

「ホッとしたな」
「ああ」

鬼道の問い掛けにも似た言葉に豪炎寺が短く答える
そして、これまた小さく「ほんの少し…残念、だよな」と豪炎寺が呟くと、鬼道も「全くだ」と返し、2人は苦笑いして顔を見合わせる


そして今日も忙しく立ち回る秋と夏未の姿を、眩しく眺めるのだった





目次

[短編/本棚/TOP]