▼鬼道有人の悩み


「…今度の日曜に、映画でも見に行かないか?」

鬼道は、はあ〜、と溜息をついた


映画、映画か…正直映画はあまり好きじゃない
何かこう…映画を見ている時間が勿体ない
映画を見ている間、雷門と一言も話す事が出来ないばかりでは無く、顔すら見られないではないか…


うーん、と鬼道は唸ると、ハッとする

「カラオケでも」

そう言いかけて、またもや溜息をつく


歌か、歌…雷門からは確実に拒否されるだろう
『人前で歌を歌うなんて…絶対に嫌よ!』
うん、有り得る
だいたい俺もそうだ
半田が友達と行って盛り上がったとか何とか言っていたが…やはり有り得んな

動物園?何か『臭い』とか言いそうだし…美術館?行き慣れてそうだな…
改めてデートに誘うとは何て難しいんだ…

雷門はお嬢様だから、高級志向のデートにするべきか、それとも一般の中学生がしそうなデートにするべきか、悩む所でもある…

そして出来れば、親に知られたくない
知られたら、義父も理事長も、こっそりついて来そうな気がする…


鬼道は、ふと、ああ!と独り叫ぶ


遊園地!遊園地はどうだ?
ちょっと遠出して、電車かバスで行くのだ
雷門にとっては新鮮で、いいんじゃないか?
それとも嫌がるだろうか…


ううむ…と鬼道は考え込む


しかし初めてのデートだ、これしか無いだろう…
実際、2人でお化け屋敷にでも入るって言うのは俺の憧、いや何でもない!何でもない…雷門のヤツ確実に怖がるだろうなフフフ…


思わずニヤけてしまう顔を慌てて引き締めると、鬼道は夏未を誘う練習を始める

「今度の日曜日」


いや、今度の日曜と限定するのはどうだろう?
もしかしたら都合が合わないかも知れないからな


「今度、遊園地にでも行かないか?」


良し!これだけで良いだろう!
こう言う誘い方なら雷門が日にちを選び易いと言うものだ!

………………


鬼道は何かを思いついて、携帯を取り出し、電話をかけ始めた

「……鬼道だが」
『ああ、どうした?』

電話の相手は豪炎寺

「ちょっと聞きたい事がある」
『何だ』
「お前木野とデートしたことあるのか?」
『…ある、それが何か?…ああ成程な」

豪炎寺は鬼道の言いたい事を察して、言葉を繋いだ

『普通の中学生は、支払いは割り勘…すなわち自分の分は自分で、だ』
「やはりそうだろうな…」
『雷門はお嬢様だからな…お前が全て支払いするのが妥当って事になるのか?まあ、お前だったらそれが無理って訳でも無いだろう?』
「まあ、な…」
『ただ、雷門がそれを望むかどうか、だろうな』
「うむ」
『しかし、雷門もキャラバンで全国を回ったり、海外に独りで行ったりしていたのだから、ある程度の事には慣れていそうだがな…いわゆる箱入り娘のお嬢様、とは今は違う気がしないか?』
「まあ、そう言われれば、そうだけれどな…」

やはり、デートに誘うのだから、彼女が喜ぶようなデートにしたい、と言うのが男と言うものだ
鬼道は礼を言うと豪炎寺との電話を切る
そして、いささか不安そうな面持ちで、ふう、と息を吐くのだった


………やはりゴーグルは外して行くべきだろうか?
以前、土方に「怪しすぎるだろ」って言われた事もある…
サッカーをするにあたって必要不可欠なものなので、あまり気にした事は無いが…
確かに日常生活においてはあまり…いや、……だが、……うう………雷門はどう思っているんだろうか

まだ誘っても居ないのに、そんな事を真剣に悩む鬼道であった





「よおし!!今日はこれまでにしようぜ〜!!」

円堂の声が響いて、一同が続いて「おーし」と声を上げ、後片付けをしながら部員達が賑やかに雑談を始める

鬼道もそれに加わりながら、ゴーグルの奥で夏未の行動をしっかりと観察していた
今日は一緒に帰る予定では無いから、誘うなら部員達が解散したその一瞬を狙うしか無い
電話で誘っても良かったのだが…せっかくの初デートの誘いである
ちゃんと顔を見て誘いたかったし、夏未がどんな反応をするのか直にその目で見たかったのだ

いよいよその瞬間が訪れようとしたその時、鬼道よりも先に夏未を呼び止めたのは円堂だ

何事かを夏未に言い、両手を合わせて懇願のポーズを取っている


円堂…何をそんな必死になっているんだ?
さっさと用事を終わらせて部室に戻るんだ
さああああああ早くしろッ


心で念じてゴーグルの奥で2人の姿を睨み付けていたが、なかなか話が終わりそうに無い…
仕方無く鬼道は水道へ向かうフリをして円堂と夏未の傍を通りがかり、会話の内容を盗み聞く事にした
すると都合良く円堂が「あ、鬼道!ちょっと鬼道からも頼んでくれよ!」と声を掛けて来た

「何の話だ?」

内心、良し!と心でガッツポーズをした鬼道だが、円堂の話を聞いて思わず食いついてしまった

「練習試合、したいんだよ」
「ほう…!」
「でも、雷門も随分強くなったから…試合してくれる所が見つかるかどうか」
「じゃあ帝国は?」
「良い考えだな」
「そうねえ…帝国学園なら、受けてくれそうね…」

夏未がそう返事すると、円堂は嬉しそうに「やった!」と叫んだ

「鬼道からも佐久間とかに聞いてみてくれないか?」
「構わないが…正式に申し込みをした方がてっとり早いだろう…雷門からの申し込みをアイツらが断る訳が無いからな」
「じゃあ決まり!!やった〜!!!」

円堂が飛び跳ねながら走って行く後ろ姿を眺めながら、夏未はくすくすと笑う

「嬉しそうね」
「久々の試合だからな」
「まだ何時になるか、分からないわよ?」
「それでも目標があるのは良い事だ…俺も楽しみだ」


鬼道の脳裏に帝国の佐久間や源田、おまけに不動の姿が浮かび上がる
きっと今も自身を鍛えてさらなる高みを目指している事だろう

「俺もうかうかしてられん…」
「貴方も嬉しそうね」

夏未が鬼道に向かって微笑み掛け、鬼道も「まあな」と笑う

ふと気がつくと絶好のチャンスでは無いか!
鬼道の心臓がいきなりドキドキと高鳴り始める

「雷門」
「え?」
「………こッ…」
「こ?」
「今度、遊園地に、行かないか?」


良し!言えた!グッジョブ!!俺!!


「こ………ッ今度?」

夏未の顔が瞬時に赤くなった


おお…予想通りの反応だ…ッ何て可愛いんだ…


今にもデレそうな自分を何とか抑えつつ、鬼道はさらに続ける

「雷門の都合の良い日でいい…まあ出来れば早い方がいいが」
「うん……」

可愛らしい返事に思わず口元を手で覆った鬼道も、ついにデレて顔を赤くする

「じゃあ、今度の日曜…どう、かしら」
「構わない…何か希望はあるか?」
「……!でっ」
「うん?」
「電車に乗ってみたい!」
「電車?」
「うん!私、アレを通ってみたいの、紙キレを入れると開く…」
「自動改札か」
「そうそれ!」

キラキラと目を輝かせて子供の様にはしゃぐ夏未
そんな姿を初めて見た鬼道は顔を綻ばす

「それから…ハンバーガーを買ってみたい」
「そうか…」
「それからポップコーン…」
「それぐらい買ってやるぞ」
「嫌よ、全て割り勘…そう割り勘で!これに凄く憧れてるの…」

鬼道はくっく…と笑いながら、思わず夏未の頭を撫でた


このお嬢様に俺はどうしようもなく惚れてしまっているな
こんなに可愛いくて面白いお嬢様が他にいるだろうか?
きっとまだまだ俺の知らない表情を隠しているんだろう…


そう思うと急に愛しさが込み上げて来て、衝動的に抱き締めたくなってしまう
だがこんな目立つ所でそんな事をしたら、速攻で平手打ちをされる恐れがあるだろう…
しかし今の鬼道にとって、そんな可能性すら、夏未の可愛い一面で、それを考えただけで自然に笑みが溢れるのだった


「な、何?かしら?」
「流石、雷門夏未だな…ただのお嬢様とは違う」
「…ど、どういう意味?」
「そういう意味だ…」
「…意味が分からないわ…」
「良し、では今度の日曜に駅に集合、時間は9時…親達には内緒だぞ、分かるだろう?」

夏未はハッとして、そして了解した、と言う顔で頷いた

「所持金は全て現金だ」
「分かったわ」


夏未が立ち去る後ろ姿を眺めながら、鬼道も部室へと向かう
思わずスキップをしそうになる気分を何とか抑えつけると、着替えを終えて出てきた豪炎寺と丁度鉢合わせた

「上手くいったみたいだな」

鬼道の満足そうな表情を見て豪炎寺が笑う

「あ」

そう鬼道が呟いて、眉間に眉を寄せた

「どうした?」
「………ゴーグル」
「え?」
「ゴーグル…は、して行かない方がいいと思うか?」
「……!」

真剣な鬼道の問いに、豪炎寺は思わず一緒になって考え込むのだった









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