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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▼その理由は


眠れない…

目覚まし時計の秒針がやけに部屋に響いている
就寝してどれぐらい経ったのか時計を見ようとして止める
先程同じ行動をして、がっかりしたことを思い出したのだ


鬼道はついに身体を起こす

いつもと同じ生活、練習、…確かに決勝を控え神経が高ぶっているには違いない
しかし昨日は眠れていたのだから、今日眠れないのはそのせいでは無いと自己分析する

ベッドから出てTシャツを着、ジャージを履く
こんな夜中にゴーグルもマントもいらないな、などと独り言を呟き、鬼道はそっとドアを開けて部屋を出た

しんと静まり返った宿舎を、出来るだけ音を立てない様に歩くのは意外に難しい
流石に玄関は鍵が掛けてあり外に出る事が出来ないので、鬼道は食堂で水を飲む事にした

食堂は月明かりのお陰で明かりを点けなくても水くらいなら飲めそうだった
常備してあるミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出すと、コップに注いで一気に飲みほした

「……」


余計に目が冴えた気がする
少し風に当たってみるか…


コップを洗うと、鬼道は静かに食堂の窓を開けた
心地よい風が顔を撫で、少し身を乗り出して外を眺めた時―…

「いい風ね」
「?!」

いきなり人の声がして、鬼道は勢い良く振り返った
正直かなり驚いたが其処に居たのが知った顔だったので安堵の息を漏らす

「雷門か…驚かさないでくれ」
「鬼道君でも驚くのね」
「当たり前だ」
「ごめんなさい」

夏未はゆったりとしたワンピースに薄いストールを羽織っていてヒールの無いサンダルを履いている
ほとんどジャージか制服姿しか見たことのない鬼道にとって、それは新鮮なものであった

夏未は静かに鬼道に歩み寄ると空を見上げた

「星が綺麗ね」
「ああ」
「眠れないの?」
「ああ、雷門もか?」
「ええ」
「流石にこういう時はゴーグルはしていないのね」
「まぁな」


…そう言えば


日常と違う事
それは今日、今隣に居る雷門夏未がイナズマジャパンに戻って来た事だ


恐らく原因はこれだ


やっと原因が判明し、安心したのも束の間、鬼道はおかしな事に気が付いた


仮にこれが原因なら俺はどうして雷門のせいで眠れない状態に陥っているんだ?
これは…何を意味している?


首を捻る鬼道の傍らで、夏未が小さく呟いた

「私ね…」
「?」

その表情は、俯いているため窺い知る事はできない

「皆が許してくれると思わなかった」
「許す、って…何を」

唐突な夏未の言葉の意味が解らずに、鬼道がそう返すと、夏未は顔を上げ鬼道を見つめ…そして目を逸らした

「不動君も言ってたでしょう?…あっち行ったりこっち行ったり、って…」
「ああ…あれか…不動は何でも口に出すからな…」

そう言って夏未へと目を向けると夏未は今にも泣きそうで、必死にそれを抑えている
不動の言葉は、夏未を酷く傷つけていたのだと瞬時に悟り、あのバカ、と心の中で悪態をつく

「……、………」

必死に平静を装いながら、鬼道は夏未の隣でどうしていいか分からず狼狽えていた
こんな時、どうやって女子というものを慰めたらいいんだろうか

「あの時本当は足が震えていたの…」

そう気持ちを吐露してしまうと、ふうー…と息を吐き、夏未はようやく感情を落ち着かせたようだった
気の強い夏未がこんなに怯えているのを見るのは初めてだった


こういう姿も…


うっすらと、そう感じた時…鬼道の口は自然に動いていた

「…たまにはそうやって弱音を吐くのもいい」

夏未は静かに鬼道へと目を向ける
その瞳を見詰め、鬼道は尋ねた

「雷門は後悔しているのか?」

後悔と言う言葉を聞いて、夏未の表情がわずかに変化した

「……」
「相当な覚悟と目的がなければ出来なかった筈だ…それを後悔しているのか?」

鬼道の言葉を噛みしめるように聞いていた夏未は、ゆっくりと言葉を繋ぐ

「……して、ないわ」
「……」
「ええ…してない」

自分の心を確かめるように繰り返す
しかしその声は凛としていて、強い意思が宿っていた

「それなら、前を向いて胸を張っていろ」
「……ええ」
「それに雷門が戻って来て嬉しがってた奴らもいる」
「…そう?」
「マネージャー達だって歓迎していたじゃないか」

その言葉を聞いて夏未の顔付きが和らいだ
その表情を見つめているうち、鬼道の口から小さく漏れる本音…

「…俺だって」


待て
危ない…勝手に言葉が


「?」

鬼道は咳払いして話題を変える事にした

「俺は雷門のチームオペレーターとしての力に期待している」
「本当に?」

夏未がパッと笑顔を見せる

「当たり前だ…チームガルシルドとの戦いで勝利出来たのは雷門のお陰でもある…それは皆分かっている筈だ…」
「……」
「まだ不安なら、言葉ではなく行動で示せ、…リトルギガントに勝つ為に何が必要か、俺達に弱点があるか、俺達も、お前もやる事は沢山ある、泣いている暇は無い」
「な…泣いてないわ」

夏未が慌てて否定する様が、実に面白い

「さっき泣きそうだったろう」
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃ、ない」
「もう、からかわないで」
「からかったつもりは無いが…」

鬼道は夏未との小気味良い会話に楽しさを感じている自分に気がついた

「調子が戻ったようだな」
「え?」
「今日の雷門は終始緊張しているようだったからな」
「…やっぱり…そう見えた?」
「まあな」


だから、何とか励ましてやりたかった

……

なるほど、そういう事か
それで眠れなかった訳か…

……やっと


納得できる答えが見つかったのは良いが、今度はこの場を立ち去り難く思う自分がいる

鬼道は苦笑して、思いつくままに言葉を発した

「しかし良く俺に話をする気になったな…普通は風丸とか円堂とか…いやマネージャーか」
「本当ね、どうしてかしら…」

夏未は月を見上げ、そして微笑んだ

「偶然此処で居合わせて、そしてゴーグルとマントが無かったから…かも知れないわね」

鬼道くんはいつも近寄り難い雰囲気を纏っているんだもの

と夏未はクスクス笑った

柔らかく笑う夏未の笑顔に思わず目を奪われて、鬼道は慌てて目を逸らした


ゴーグルがあれば多少誤魔化しが効くのだが
しかしゴーグルが無かったお陰で雷門が俺に相談してくれたのだしな…


ぐるぐると考えを巡らせる鬼道

「ねえ」
「何だ?」
「さっき何か言おうとしたでしょう?」
「!!」


まずい気付いていたのか


鬼道は自分を見詰める夏未の視線から逃れようと顔を逸らす

「俺だって、って」
「知らん、気のせいだろう」
「気のせいじゃないわ」
「さて、寝るか、窓を閉めるぞ」

そそくさと鬼道は窓を閉め鍵を掛けた

「鬼道君たら」
「行くぞ、部屋まで送るから、喋るな」

鬼道は夏未の先に立って歩き出そうとした時、夏未が呟いた

「はぐらかすのね」

前を向いたまま、鬼道は頬を緩め呟いた

「まだ言わない」
「え?」
「行くぞ、今度こそ喋るなよ」
「……」

鬼道は夏未を伴って、静かに食堂を出た



……まだ言わない
雷門が戻って来て、俺は嬉しい、だなんてな

もう大丈夫だろう
きっと、よく眠れそうな気がする





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