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▼全ての理由は


だいたい、馴れ馴れしいだろう…
あんな風にナツミナツミって……
俺だって呼んだ事無い、いや、別に雷門が俺と付き合ってる訳ではないから、この言い方はおかしいがな…
事ある毎にイナズマジャパンを訪れては、雷門にじゃれついて帰って行く
気に入らないのか?
俺がか?
まさか、どうして俺が?
そうさ、そうだとも、俺が気にする必要は全く無い…


ふうううううと息を吐くと鬼道は、きっ、っと顔を上げて鏡を睨み付け、そしてゴーグルを外して顔を洗い、タオルで拭いた

其処には憮然とした表情の自分が写しだされている


冷静に、冷静に、冷静に
……いや、別に冷静になる必要は無いだろう
俺は常に冷静なのだからな…


颯爽とマントを翻し、洗面所を出た鬼道はグラウンドへと戻って行く

其処で目に入った光景は、何度目になるであろう…ロココが夏未にまとわりついて「ナツミ」と連呼する姿だった

夏未はうんざりした様な表情でロココに言い放った

「ロココ貴方、いい加減に帰ったら?」
「どうしてさ、せっかくナツミに会いに来たのに…別にジャパンの戦術とか、盗みに来た訳じゃないんだからいいじゃないか!」
「おいおい、其処は、少しはジャパンの事も気になるさ、とか言うべきだろう?」

風丸の言葉に、ロココはにやりとする

「全く興味ない、と言ったら嘘になるけどさ」
「けど、あんまりウロチョロされんのもな、少しは弁えて貰いたいよなあ」

不動が肩をすくめる傍で、染岡も頷く

「決勝の相手なんだからな」

鬼道は腕を組んだ姿勢のまま、不動を見詰めた


たまには良い事を言うじゃないか、不動…
その口の悪さが役に立つ日が来るとは意外だがな


夏未の冷たい態度に、ロココは渋々…

「分かったよ、じゃあ今日は、帰る、今日はね…でも1つだけいいかなナツミ」
「何かしら??」
「明日は休日でしょ?俺とデートしてよ」

背筋がぞわりとする感覚
そして腹の底から何か黒く重たいものがが湧き上がって来る…

咄嗟にゴーグルの奥で目を光らせ、夏未の表情を観察してしまう鬼道
夏未は特に変わった様子も無く、あからさまに溜息を付いた

「どうして私が貴方とデートをしなければならないの?私は今はジャパンのマネージャーだし、そんな浮ついた事をしている暇は無いのよ…」

そう言って夏未は腕を組んでロココを見詰めた

「だいたいデートって言うのは好き合ってる人同士がするものでしょう?」

ひゅ―――――――……と冷たい風が、夏未とロココの間に吹いた
…様な雰囲気を其処に居たメンバー全員が感じ、恐る恐る、皆の目がロココに集まった

「…相変わらずだなあ、ナツミは!」

アハハ!と笑うロココは「また失敗しちゃったな」と呟く
その言葉は、今まで何度も同じ事を繰り返しては失敗している事を指し、ロココのメンタルの強さを物語っていた

「アイツ、チャレンジャーだな…」

土方が言う傍で綱海が笑う

「男はそうでなくちゃな!」

夏未は再び溜め息をつくと「さあ」とロココを追い立て、当のロココは「ちぇっ」とつまらなさそうに歩き出した
そのロココの後ろを歩きながら、夏未がふと…呟いた

「…何度来ても同じよ、私にはもう」

ロココが勢い良く振り返り、ざっ、とメンバー達の全ての視線が夏未に注がれた

「……ッ…」

夏未は一瞬、失言した、と言う表情をしたが…無かった事にしようと決めたようだ

「何か?」

と強気な眼差しでロココを見詰め、周りからの視線をも跳ね返した
その夏未の態度にロココも…

「いや、何も言ってないよね?何も!なーんにも聞こえなかったよ!じゃあね!」

くるっと踵を返し、物凄いスピードで走って行ってしまった
その後ろ姿を気の毒そうな眼差しで、殆どのメンバー達が見送りそして誰もが思った


雷門夏未には誰か想う人が居るのだと


何となく誰も彼もがその場に居づらい雰囲気を感じていたそんな時

「円堂、そろそろ始めよう、随分長く休みを取ったぞ」

鬼道がさらりと話を振り、円堂は「あ、そうだよな!」と声を上げた
メンバー達が一様に「助かった」と言わんばかりの表情でホッとしているのが解る
それは夏未も同様なのか、ほう、と大きく息を吐いたのが見えた

「よし、じゃあ始めるぞ!」
「おう!」

声が上がり、バラバラとポジションにつくメンバー達
そんな中、夏未が鬼道に近づき「あの…」と声を掛けた

「……」
「ありがとう…」
「別に…礼を言われるような事はしていない」

鋭く言い返して、鬼道は自分のポジションに向かう


………そうだ
別に雷門を助けようとした訳じゃない
……いい加減練習を再開したかっただけだ

……………

あの言い方から推察するに、雷門には既に……


鬼道は思わず自分のユニフォームの胸元をぎゅっと掴んだ


何故こんな気持ちになる?
何故こんなに息苦しい?


はあ、と鬼道は息を吐き出し、ゆっくりと呼吸する

ムカムカとした気持ちが押し寄せて、同時に全てがどうでも良いと思えて来る
感情に支配されそうになる自分を何とか抑えようと、鬼道は理性的な自分を演出し考えを巡らせる


確かに雷門が戻って来て、俺は嬉しさを感じていた
それだけだ
その理由は、……元々雷門はジャパンの一員だったからだ
それだけだ

あの夜から
気付けば雷門を見ている事だって特に意味は無い
たまに目が合うと、優しく微笑んでくれる事…にだって意味は無い
全てに意味は無い
意味なんか無い


雷門には好きなヤツが居るんだから


鬼道はぎゅっと唇を噛み締め前だけを見据えた






はぁ―…と弱々しく溜息をついた鬼道は真っ暗な自室で天井を睨み付けていた


くそ…眠れん…
何だってこんなに眠れない?理由は何だ?
いや、本当は解っている
解ってはいるが、俺はそれを…


乱暴にベッドから起き上がり、着替えた鬼道は部屋を出て1階へと降りていく
もちろんゴーグルとマントは未着用だ

冷蔵庫からミネラルウォーターを1本失敬して来よう、そんな事を考えながら鬼道は食堂へと足を踏み入れた

「!!」

鬼道は思わず立ち止まった
足音に振り返った夏未が驚きの表情で自分を見ている
その目が真っ赤で、鬼道は夏未の顔から咄嗟に目を逸らした


「……ね、眠れなくて…」

夏未も顔を背けて俯く

「……そうか」


あの時と逆だな


そんな事を考えながら、鬼道は何となく気まずいこの雰囲気から早く逃れようと、冷蔵庫へと向かった

窓を閉める音がして、鬼道はちら、と夏未の居る方へ目をやる

夏未の横顔は、張り詰めていて、唇を噛み締めて必死に何かに耐えている
けれど俯いた瞬間…その頬に涙が伝ったのが見えた

鬼道の胸が急激に苦しくなり、何故か自分が夏未を泣かせているような感覚に捉われる

ふう、と息を吐き、鬼道はもう1本ペットボトルを手にすると夏未に歩み寄り差し出した

「……飲め、落ち着くぞ」
「………あり、がとう」

流れ落ちる涙もそのままに、夏未はペットボトルを受け取り礼を述べた
その様子を見詰め、鬼道の頭に次々と疑問が浮かぶ


嫌な事があったのか?
辛い事があったのか?

それとも…
誰かを想って泣いているのか?


それを聞く事も出来ず、その場から立ち去る事も出来ず…鬼道はただ夏未の傍に立って居る事しか出来なかった

「……あの」

夏未がペットボトルを握り締めて、恐る恐る、言葉を繋いでいく

「私、ロココ、とは…何も」
「は?ロココ?」


思わずイラついた声を出してしまい、鬼道は慌てて口を噤んだ
しかし、じわじわと鬼道を襲う黒い感情は自身から冷静さを奪い、冷徹な一面を剥き出しにしてしまう


ロココなど、俺には何の関係も無い
何故そんな言い訳をするんだ


本来の鬼道なら、その意味に…この時点で気付いた筈だった

「別に俺は何とも思ってないが?」
「………」
「俺にそんな事を言う筋合いも無いだろう…気を遣うべきなのは雷門が想う相手に対してではないのか?」

恐ろしい程冷ややかに、鬼道は夏未に言い放ち…ペットボトルの水を飲んだ

そして息をつき、ペットボトルの蓋を締めた鬼道が見たものは、自分の顔をじっと凝視しながらぼろぼろと涙を流す夏未の姿だった

「!!!!」

此処で鬼道はようやく我に返る


お、俺が泣かせたのか…?


「す、すまない、言い過ぎた」

咄嗟に鬼道は謝り、夏未は首を振る

「傷つけたなら、謝る…すまない」

またも首を振る夏未

「違う、…違うの」

鬼道は困り果てて、途方に暮れる
尚も泣き続ける夏未に、鬼道は覚悟を決めて尋ねるしかなった

「…なら何故、泣くんだ」

夏未の口から誰かの名前が出る事を予想し、息を吐いた…


…今になって、これまでの感情の理由が明確になった
と言うか、やっと鬼道自身、認める事が出来たのだ


聞きたくなかったのだ、俺は
雷門の口から他の男の名前が出るのを…
挙げ句の果てに恋愛相談なんかされたら立つ瀬が無いではないか…


夏未は傍のテーブルにペットボトルを静かに置くと、涙に濡れた瞳を鬼道に向け、じっと見詰めた

その視線を受け止めた鬼道の胸に切なさが湧き上がる


……俺のものに出来たなら、いいのに…


鬼道がそう想った刹那、夏未が口を開いた

「…私…好きなの」
「……」
「…貴方の事が…」
「………………………」
「……」
「………………………」

鬼道の手から力が抜け、ペットボトルが床に落ち鈍い音を立てて転がった

「な……」

衝撃のあまり、やっとの事で鬼道はそれだけを声にする

「だから、……今日の事で何か、誤解されたんじゃないかって心配で…あの…」
「……………」

夏未は時折頬を伝う涙を拭いながら、言葉を繋いでいく

「わたし、わた…」
「す、まな、い…」

鬼道は茫然として呟いた

「誤解して、いた…完璧に…」
「……え…」

1歩、前に踏み出すと、鬼道は手を伸ばして夏未を引き寄せ…柔らかく抱き締めた
それはそれは壊れ物を扱うかのように…

「……き、ど…?!」

夏未が困惑した声を小さく上げて、やや身を固くする

「すまない……俺は…」
「……」
「…みっともないぐらい、妬いてた…それを、認められなくて」
「……!」
「すまない」

夏未は鬼道の腕の中で首を振る


夏未から伝わって来る温もりは、鬼道の心をじわじわと温めて、喜びで満たしていく
先程までのささくれ立った意地の悪い気持ちが消えて、代わりに第九の歓喜の歌が流れ始めている

「俺も…雷門が好きだ…」

踊り出したい程の嬉しさを必死に抑えつけて、鬼道は夏未を抱き締める腕に力を込める


「…実は願っていたの」
「何を…?」
「以前此処で偶然会った事があったでしょう?」
「ああ」
「あの時みたいに会えたらいいのに、って…」
「…そうか…」
「あの時が、私の気持ちの原点なの…」


あの時から、夏未も同じ気持ちでいてくれて居たのだ
それを知って、鬼道の胸に嬉しさが再びこみ上げて来る

「…俺もだ」

と優しく言ってから、鬼道は夏未の髪を撫でるのだった



ある意味、ロココのお陰かも知れないな

「……」

今度アイツが来たら、礼の一つでも言ってやるか…アイツはきっと、訳がわからんだろうがな

そう思いながら、鬼道は口元を綻ばせるのだった







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