▼誓いのキス


「そもそも、公衆の面前で、どうしてキスしないといけないのかしら?」

夏未は不満そうな表情で自分の婚約者に目を向けた
当の婚約者はちら、と夏未を一瞥し口を開いた

「あのホテルとチャペルを選んだのは、お前だぞ」
「そうだけど…」

鬼道はコーヒーを一口飲むと、その赤い瞳を真っ直ぐ向けて夏未を見詰めた

「別に俺は教会式でなくとも構わん…クリスチャンでもないし、な…もともとホテル内のチャペルで挙げるような式は正式なキリスト教会式とは言わないらしいがな」
「知ってるわ」
「では今から変えるか?神前式・人前式もあるぞ」
「そんな事出来ないわ…式は明日よ?」
「お前がいきなりそんな事を言うからだ」
「だって…」

夏未はまだ納得できないらしく未だに不満そうな表情で目の前の紅茶を飲む

「…親戚の結婚式に出た時は、誓いのキスは頬とか、額とか、勿論唇でもあったけれど…それでも良いんじゃないか、って思ったのよ」
「恥ずかしいのか」
「恥ずかしいわ、だってみんな来るのよ」
「はは」
「笑い事じゃないわ」
「俺は恥ずかしくない、見せ付けられて良い気分だ」
「変わらないのね!貴方は!」
「往生際の悪い所はお前も変わらない」
「〜〜…」

明日はいよいよ2人の結婚式
式の最終打ち合わせが終わり、ホテル内のカフェで一息ついた所だ

夏未はあからさまに溜息をついて「何でこんな人と結婚するのかしら」と悪態をついている
そんな夏未を愛しそうに眺めながら、鬼道はふと思い出した

「この前牧師に会った時、誓いのキスには意味があると言っていた」
「それは知ってるわ」
「そうだな?一緒に居たからな?」

鬼道の言葉に夏未は「もう」と呟いて再び紅茶を飲む

『誓いのキスには意味があります…神様と人々の前で、夫と妻としての責任を確認し、それを守る事を誓約をしますね?ウエディング・キスはその言葉を封印して確かなものにすると言う意味があるのですよ』

流暢な日本語で、青い瞳の牧師は2人に説明した
それを思い出したのか、夏未は少し真摯な表情になっている

「…わかったわ」

諦めたような声色で、夏未はとうとう白旗を揚げた
もともと本気で誓いのキスを嫌がっていた訳ではない
ただちょっと恥ずかしくて、その不満を鬼道にぶつけたに過ぎないのだ


どうせ一瞬の出来事よ


夏未はそう思い諦めたのだった

「俺は牧師に良い事を聞いた」
「何?いつの間に…」

怪訝な表情の夏未に鬼道はしれっと答えた

「秘密だ」
「貴方、式で何かやるつもりじゃ」
「する訳ないだろう…親戚や招待客がたくさん来るのに」
「そう、そうよね…」

夏未は不安そうな面持ちからやっと解放されるとホッと息をついた
そんな夏未を鬼道はさらにからかいたくなってしまう
これは昔から変わらない
好きで、好きでたまらないから

「練習してみるか?」
「何を?」
「誓いのキス、此処で」

夏未の表情が一瞬ぽかんとしたが、瞬く間にカアッと赤くなった

「ば!馬鹿な事を言わないで!」
「冗談だ、当たり前だろう…楽しみは最後まで取っておくものだ」
「も、もうっ…人を驚かしてばかりで貴方って人は…!!」

じだんだを踏む子供の様に、夏未は両手を握り締めて唇を噛み締めている
そんな怒った表情の夏未も、鬼道はとても愛しく感じているのだ

「お前と居るといつまでも飽きないな」
「ホントに何でこんな人と結婚するのかしら!!」

夏未は立ち上がってさっさと歩いて行く
鬼道は笑いながら、その後を追いかけるのだった







「おい!鬼道のヤツ誓いのキス長かったよな!」

披露宴の席で、半田が風丸に聞いている

「今まで親戚とか友達の結婚式に参列したけど、あれは長かった」
「だいたい一瞬だよな」
「3分位してただろ!」
「馬鹿それは無いぜ、せいぜい1分だろ?只のキスだし」

半田、風丸、染岡がわいわいと話し合っている所に、円堂と豪炎寺、マックスが笑いながらやって来た

「鬼道と夏未がケンカしてたぞ、相変わらずだよなアイツら」
「誓いのキスがどうのこうのってな」
「もうすぐ入場する為に、ドアの外に居たんだ」
「どんな顔して入場してくるか、楽しみだな」





「一瞬だと思ってたのにあんなに長くするなんて信じられない…聞こえたわ、誰かが『長い』って言うのが」

夏未は鬼道を睨みながら真っ赤な顔をしている
そんな夏未を眺めながら、鬼道はしてやったり、と言う表情の上、大変ご満悦だ

「誓いのキスは封印の意味がある、そんな一瞬のキスで、誓約が封印出来る訳ないだろう?」
「貴方はクリスチャンじゃないって昨日言ったじゃない!」

鬼道は夏未の言葉を丸っきり無視して、先を続けた

「日本人は恥ずかしがってほんの一瞬しか、キスしないが…誓いのキスは大切だから3秒ぐらいはするべきだと牧師が言っていたぞ、…だから実質3秒しかしてないぞ」
「嘘!」
「嘘じゃない、ちゃんと3秒数えた…あの牧師、俺に『良くやった』と目で合図を送ってきた…なかなかやるな、あの牧師」
「日本人の牧師を頼むべきだったわ…」

2人の言い合いに、介添え人がおろおろと2人の顔を交互に眺めている
もうじき入場の時間になる
早くこのケンカを止めて欲しいのに、一向に収まる気配を見せない状態に、不安な表情を隠せないでいる

「昨日言ってた『秘密』ってこの事だったのね!」
「その通り、俺は大満足だ、先に言ったらお前は絶対させてくれないからな」
「貴方、貴方、って人は…ッ」

にやりと笑った鬼道に夏未は為す術もなく、全ては後の祭り
きっと2次会で雷門中サッカー部OBの面々に冷やかされるに違いない

「あの、そろそろお時間です」

介添え人の言葉に、鬼道と夏未は腕を組んだ

夏未はにこやかな笑顔を纏い、鬼道はりりしく表情を引き締める
だが入場する寸前、夏未が呟き、鬼道がそれに返事を返した



「覚悟なさい…いつか仕返ししてやるわ」
「受けて立とう、先は長い」





20110520
tayutau taira

Let's become happy!様への提出作品です


楽しかったです
ありがとうございました!



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