▼風丸の気苦労


「おい、風丸あれを何とかしろ」

珍しく染岡が冷や汗をかきながら風丸に耳打ちする
風丸だってそれは分かっている

練習中はいつも通りやる気と熱気に溢れている
態度だって普通だ
司令塔としてきびきびと指示を出し流れを作る
そして雷門のエースストライカーの名に恥じないシュート

ずば抜けた才能で、2人は新しい部員達の度肝を抜く


部員が増えたのは喜ばしい事だ
春になったら雷門サッカー部は新入生達で賑わう事だろう


「ありゃ〜まーた殺気溢れるオーラバシバシじゃん」

ドリンクを飲みながら、マックスが可笑しそうに笑う

「笑い事じゃないぞ、あの雰囲気で誰も奴らに近付けない…見ろ、現に一年生達があんなに目をキラキラさせて羨望の眼差しを送っているのに、気づきやしない」
「おっかねー先輩だよな」

風丸の言葉に染岡が苦笑した

「みんな嬉しくて、忘れてるんっスよね…」

壁山の言葉にマックスが答える

「そりゃあ、あの雷門夏未と、マネージャーとして評判の木野だよ?二年生の間では有名だし…それがサッカー部に入れて一気にお近付きになれたんだから、そりゃあはしゃぐでしょ」
「そしてアイツらは鬼道と豪秋寺の存在を完璧に忘れてるって訳だな」

あの世界中継生告白を誰もが見た筈なのに、イナズマジャパンにおける雷門メンバー帰還のお祭り騒ぎで、すっかり霞んでしまったらしい

風丸はやれやれと言う顔で、夏未と秋に群がる新しい二年生部員に目をやる
一年生部員は目下春奈が面倒を見ている

「で、何で彼処に半田が混ざってるんだろうね〜」

いきなりな影野の言葉に内心驚きながら風丸は頷いた

「超怖いでヤンス…」
「精神衛生上良くないですよ」
「風丸先輩何とかして下さい」

栗松、宍戸、少林がやって来て口を揃えた

「円堂君は鈍いですし、よくわかってませんからね」

目金までが風丸の元にやって来た

円堂を見ると、丁度こちらにやって来た所で浮かない顔をしている

「どうした?」

風丸の問いに「うん」と答えると円堂は口を開いた

「『夏未と秋は人気だなー』って鬼道と豪炎寺に言ったら、物凄い顔で睨まれた…何で?」


その場に居た二年が「自業自得だ」と呟き、一年生は後退り黙りこみ、ただ栗松が「流石はキャプテンでヤンス…」と言葉にしただけだった


「何か刃物で心臓刺されたかと思ったぜ」

円堂が言い風丸は決意を固める

「ちょっと考えさせてくれ」

風丸が呻きながら知恵を絞る中、鬼道と豪炎寺は休憩中にも関わらす2人でシュート練習を始めたようだ

「鬱憤晴らししないとやりきれないんだろーね」
「流石豪炎寺だな、ネット切れそうな勢いだぜ」
「ある意味涙ぐましいじゃないですか…」

マックス、染岡、目金が2人の姿を眺めながら囁いた

「あ、染岡さん呼ばれてますよ」

少林が気付き染岡に知らせ、宍戸がウキウキウキした声を出した

「絶対ペンギンですよ!俺あれ好きなんですよ」
「あそこに近付きたくねえ…ッ」

染岡は珍しく弱気を見せ、いつもの強面の顔が歪んでいる
そんな染岡に影野が「大丈夫だよ」と声をかけ、染岡は頷いて2人の元に向かった

「まあ、むしろあの2人が雷門さんと木野さんに近付けないんですよ」
「他の奴らが殺到するからね」

目金とマックスの会話を聞きながら風丸は鬼道、豪炎寺、染岡に目をやる

宍戸の予想通りペンギンを繰り出した3人に、周りの目が集まり、流石に夏未と秋の周りの部員達も一斉にそちらへと目を向けた

その時、風丸は気付いた

秋と夏未がタオルを握り締めてじっと2人を見ていることに

秋と夏未も、自分達に群がる部員達のせいで豪炎寺と鬼道に近付けない
そして視線を交わす事も、ままならない
せっかく入部してくれた部員達に、2人は愛想笑いを振りまいていたに過ぎないのだ

しかし部員達だってそんな事が目的では無い筈だ
今は少し逸脱してはいるが、サッカーが好きでこの雷門サッカー部に入部した筈だ

「よし」

風丸は何かを決意し、秋と夏未に近寄り、少し離れた所に2人を呼び出し何事かを告げる

「でも、いいのかしらそんな」
「いいんだ」
「風丸君がそう言うなら」
「きっと今の状態よりは良くなるよ」

その言葉に後押しされて、秋と夏未は顔を見合わせて頷き、風丸は声を上げた

「さあ、始めるぞ!」




………まあ、雷門が有名なのは周知の事実だし、今の雷門は昔より親しみやすくなったと言う噂も聞いた
同じ部活に入ってマネージャーに雷門が居たら、そりゃあ近付きたいって思うよな
思春期真っ盛りだしな

なあ、豪炎寺?

ああ、木野だって絶賛人気上昇中なのは知っている
こそこそ噂しているヤツがいるのも知っている
まさか木野が目当てと言う不届きな部員は居ないと思うが…もしそんなヤツが居たらシュート100発腹に叩き込んで根性を叩き直してやるぜ…

しかし、休憩の度に2人に群がる連中にヤキモキするのも疲れたな…だが彼氏面して雷門に迷惑をかける訳にもいかん

そうだな鬼道、本当はそれが一番手っ取り早いのだが…あまりあからさまにするのも、気が引ける



練習も終盤に差し掛かり、円堂が「よーし!上がろうぜ」と声を上げると、鬼道と豪炎寺はこんなやりとりをしながら、ベンチへと向かう
全世界生中継で告白しといて今更何を、と、きっと半田あたりが今の会話を聞いていたらそう言うだろう

しかし2人は2人なりに、秋と夏未に気を遣って今の今まで、我慢に我慢を重ねていた
ただ殺気溢れるオーラは隠せていないが…


またもや夏未と秋に群がりかけている部員達に、溜め息をつきながら、鬼道と豪炎寺はベンチに腰を下ろした



「豪炎寺君」
「鬼道君」

呼ばれて顔を上げると、それぞれの目の前に秋と夏未が立っていた

「お疲れ様」

声を揃えた秋と夏未が満面の笑みで2人に微笑みかけるのを、皆が見ている


「ゴーグル外して顔拭いた方が良いわよ」
「…ああ」

鬼道はゴーグルを外して夏未に手渡すと、代わりにタオルを受け取り汗を拭く

滅多に外さないゴーグルを外した鬼道の素顔に、新しく入った部員達がハッとした

「お似合いだな…」

誰かが呟いた
今度はドリンクを渡す夏未、受け取る鬼道の間には2人だけが纏う特別なオーラがあり、それは周りと2人を隔てている


「見ろ、鬼道の顔」
「嬉しいのを必死に堪えてるよね」
「何とも複雑な顔だ」

染岡とマックスがひそひそ囁いた

秋は豪炎寺の首にタオルをそっと掛ける

その行為に豪炎寺自身が驚いて、秋を見つめた
秋は、さも当然と言わんばかりの表情で今度はドリンクを渡してくれる

豪炎寺が頷いてドリンクを飲む

「久々に一緒に帰りましょ?」
「えっ?」
「ね?」
「…ああ」

ほんのりと温かいものが2人を包む
そしてそれは、他の誰もが立ち入れない壁を作った

「あの豪炎寺先輩があんな顔を…」
「木野先輩すげえ…」

宍戸と少林が呟いた




これで大丈夫だ

それを見ていた風丸は、ホッと息を吐いた





鬼道が夏未と、豪炎寺が秋と仲良く帰って行く後ろ姿を、諦め顔で残念そうに、新しい部員達は眺めていた

そんな中…

「明日からは大丈夫でヤンスか?」
「多分な」
「流石っスね〜」

壁山と栗松が目をキラつかせて風丸を見つめている

「流石は裏の部長!」

半田がバン!と風丸の背中を叩く

「半田、お前は豪炎寺の矯正シュートを受ける必要があるんじゃないか?」
「えっ、何でだよ?」
「新しい部員に便乗しやがって…」

風丸はじろりと半田を睨み、マックスが言った

「怒らせて一番怖いのは風丸だよね〜」

その言葉にその場に居た全員が、危うく頷きかけた
微妙な雰囲気が漂う中、そこに円堂がやって来て叫んだ

「おい、響監督のラーメン食いに行こうぜ!腹減った!」







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