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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▼心地よい場所


今日は朝から冷たい風が吹いている
もう其処まで春が来ている筈なのに、それはなかなかやって来ない

夏未はかじかんだ手をさすり、ボールを獲り合っている部員達を眺めた

部員達は皆荒く息を吐き、汗が光っている
この寒さなど微塵も感じて居ないのだろう

「温かそうね…」

そう呟いた時、秋が部室の方へ洗い上がったタオルを大量に入れた籠を運んでいるのが目に入る
夏未は秋を追いかけて声を掛けた

「木野さん」
「あ、夏未さん」

籠を置き、フウと一息ついた所だった秋が笑顔を見せる

「干すんでしょう?手伝うわ」
「ありがとう」

部室の裏手の日の当たる場所で、タオルを干し始める2人
濡れたタオルを掴む指先が氷の様に冷たくなって行く

「風があるからきっと乾くと思うんだけど…練習が終わるまでに乾かなかったら部室の中に干して行くしかないかな」
「そうね…」
「夏未さん、干すの早くなったね」

タオルをパンパンと手で叩きながら、秋がそう言ったのを聞いて、夏未は「本当に?」と声を上げた

マネージャー業先輩の秋にそう言われると、とても嬉しい
秋は嫌な顔ひとつせず、夏未に様々なことを教えてくれた…言わば師匠も同然だ

「木野さんに褒められるなんて…凄く嬉しいわ」
「ええ?そう?」
「ええ!」

其処へ春奈がやって来た

「みんな休憩に入りました〜」
「分かったわ」

春奈に返事しながら、まだ随分と残っているタオルの山に視線を移す秋
その様子を夏未は見逃さなかった

「行って、木野さん…此処は私1人で大丈夫だから」
「でも」
「木野さんが行った方が、私2人分の仕事が出来るわよ」

自分を卑下したつもりはない
ただ事実を言ったまでだった
しかし…

「そんな事ないわ!」

秋がいきなり声を荒げたので夏未は少し驚いた

「あ、ごめんなさい…でも夏未さんだって、いろんな事、随分上達したでしょ?だから私…」

夏未は秋の言いたい事が分かって、胸が温かくなる

「ありがとう…そうね、じゃあ此処は任せて、あちらをお願いします」

夏未がそう言うと秋は表情を明るくして頷き、春奈と共に走って行った




わいわいと騒ぐ声がグラウンドの方から聞こえて、夏未は顔を綻ばす
指先は冷たく、風のせいで身体は身震いする程だったが、先程の秋の労りの言葉が夏未の心を温かく柔らかくしていた

自然に歌など口ずさんで、せっせとタオルを干し続ける

「此処に居たか」

声がして振り返ると其処に鬼道が立っていた
思わぬ人物の登場に、夏未の胸がどきりと弾む

「練習中部室の方に行ったのが見えたからな」
「…もっと練習に集中したら?」

照れ隠しに夏未が嫌味を言うと鬼道は、はは、と笑った

「練習には集中しているさ」
「どうかしら」

鬼道は部室の壁にもたれてタオルを干す夏未をじっと見詰めている
再び振り返って、夏未は鬼道に対して苦情を訴えた

「そんなに見てるとやりづらいわ」
「……そうか?俺は楽しいが」
「何が楽しいのかしら」

夏未はぷいと顔を逸らしてタオルを再び干し始め、ようやく最後の一枚を干し終わった
と、同時に強い風が音を立てて吹き抜け、タオルがバタバタと音を立てた

夏未が身震いして腕をさするのを見詰める鬼道

「寒そうだな」
「この風だもの、動いている貴方達とは違うわ」
「………夏未」

それは少しばかり迷いを含む声

「え?」
「……終わったのか?」
「終わっ…」

夏未がそう言い終わる直前、鬼道がマントを掴み大きく右腕を上げた

「入るか…?」

言葉が出ない
どう反応して良いか分からず夏未は驚きと困惑が入り混じった表情でただ鬼道を見詰める
心臓がどきどきと音を立て始める

「来い」

それは迷いの無い声


どうして命令口調なの?
どうしてこんな事を今此処で出来るの?
何時部員の誰が来るかも分からないのに何を考えているの?


頭の中ではそんな思いが駆け巡っているのに、1つも言葉に出来ない


ただ引き寄せられるように
自分の足が勝手に動いて鬼道へと近付いて行く


嫌なら拒めばいい


でも、出来ない


だって、だって私…こんなにも好きなんだもの
あんな風に言われたら拒めないわ絶対


鬼道のマントにくるまれて、その腕に抱き締められる
鬼道の体温が自分を温めて、身体も心も、顔なんて熱いくらいだ

「汗臭いかな」
「…大丈夫…」



この腕から抜け出すには相当の覚悟が居るわ
こんなにも心地よい場所を私は他に知らないんだもの



夏未はそう思いながら、鬼道の背中をそっと抱き締めた







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