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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▼雪の日(鬼夏編)


授業中ふと窓の外を見ると雪がチラついていた

「雪か」

小さく呟く


この様子だと、部活が始まる頃には積もっているかも知れないな



案の定、放課後になっても雪は止む事なく振り続け、グラウンドは雪に埋められていく
振り続ける雪と白く染まって行くその世界がとても美しく、目が逸らせなかった


こんな日も…たまにはいいかも知れない


「今日の部活は中止なの?」

いつの間にか傍に雷門が立って居ることにようやく気付く

「ああ、さっき円堂に確認して来た」
「そう…残念ね」
「そうでもない」

そんな俺の答えを予想していなかったのだろう
雷門は怪訝な顔を俺に向けた

「?」
「…今日は一緒に帰るか?」

一瞬きょとんとした雷門の顔が急速に赤くなっていく
その様子はとても面白くて可愛らしく、更にからかいたくなってしまう

「何故照れる?初めてって訳でもないだろう」
「別に照れてなんかないわ」

雷門はふいと顔を俺から逸らし、口を尖らせた

「貴方はいつも突然だから、戸惑うだけよ」
「では、返事は?」
「…場寅に連絡しておくわ」





「もう直ぐ春なのに、いつまでも降るのね」

俺の右隣を歩く雷門がそう呟いた

「雪は嫌いなのか?」
「そういう訳じゃないの」


俺の傘に入った雷門の肩が何度も触れて、実は少し緊張している
それを悟られまいと俺は必死だ…

振り続ける雪は雷門の髪に触れて溶けていく
その小さな雫が幾つも、雷門のよく手入れされている髪に付いていて…
まるで宝石が散りばめられてるみたいだと、ふと思う

詩人の様なその表現の仕方に、恋とは不思議なものだと感じざるを得ない
雷門を知る前は、こんな事感じたことも、考えた事もなかったからな


「雪が降っているのを見るのは好きよ、積もった雪に一番先に足跡を付けるのも好き」

白い息を吐きながら、そう言う雷門の表情は明るく、幼い子供の様にも見える

「でも、…溶けてしまう雪は嫌いだわ…」
「………」
「白く綺麗だった世界が、どんどん溶けて、汚くて醜くなっていくのが嫌なの」
「……そうか」
「まるで…」
「………言うな」
「……」


何が言いたいか分かるから


幻想的な世界に包まれると、現実のいろんな事を一瞬でも忘れる事が出来る


俺も、雷門も…普通の中学生よりはきっと多分、ほんの少し現実的だ

サッカーだけ、に身を投じていれば良い訳ではない自分の立場が…たまに嫌になる事だってある
しかし俺も、雷門も、逃げられない…逃げ出す訳にはいかない、から…


溶けていく雪は、自分を現実に引き戻してしまう

それでも


自然と口元に笑みが浮かんで、俺は小さく呟いた

「それでも…」
「え?」

雷門の瞳が俺を、俺だけを見詰めている、その現実

「…それでも俺は、前よりはずっと、雪が好きになった」
「どうして?」

俺は傘を左手に持ち替えて、雷門の肩を抱いた

「!!」
「鞄が肩掛けだと、こんな利点があるな」

窮屈そうに身を硬くする雷門の緊張が伝わって来る

「ちょ、ちょっと」
「傘があるから、あんまり目立たないだろう?」
「そんなの分からないわよ!」

気休めにもならない、と言う顔で俺を睨んだ雷門はきょろきょろと周りを窺っている

「嫌なのか?」

その言葉に動きを止めた雷門は、俺をじっと見つめ俯き小さく囁いた

「……嫌って訳じゃ……」
「ならいいだろう」
「〜〜〜〜貴方っていつもそうなのよね」

諦めがついたのか、俺の右腕の中に収まった雷門はようやくおとなしくなった

「雪が降ると、寂しくてな」
「……」
「施設に居た頃は春奈が居たから良かったが、…俺だけ鬼道家に引き取られた後は、雪を見るのは嫌いだった…雷門が言うように、最初はいい、だが」

その情景が浮かんで来そうになって、俺はそれを打ち消した

「俺は此処では1人だと、実感してしまうんだ」
「鬼道君…」
「子供の頃の話だ」
「今は…前よりは好きになった、って言ったわね」
「ああ」

俺は一呼吸置いて話を続ける

「今はサッカー部の仲間と一緒だ…それに」
「それに?」

ちらりと雷門へ目をやると、答えを聞きたくて仕方ない、と言う顔
つい、意地悪をしてみたくなる…

「秘密だ」
「何よそれ!」
「あはははは」

素早いツッコミに俺は声を出して笑ってしまった

「………!」

雷門が立ち止まって驚いた顔をしている

「何だ?どうかしたか?」
「鬼道君がそんな風に笑った顔初めて見たわ…」
「そうか?」

雷門は感慨深げにじっと俺を見詰めた

「どうした?」
「嬉しいわ」
「……?」

思いがけない言葉のその理由が知りたくて、今度は俺の方がじっと雷門を見詰める番になってしまった

「貴方のそんな顔を見た人は、きっと私だけよね?」

雷門は俺のように意地悪もからかいもせず、素直にその理由を口にしてくれる

「まあ、…多分」

俺が少し照れていると、雷門は俺の腕からすり抜けて、もっと近くに寄って来た

「???」
「鬼道君ちょっとゴーグル外してみて?」
「何故だ」
「いいから」
「………」

俺は訳が分からず、傘を置いてゴーグルを外しにかかる
雪はどんどん俺と雷門の身体に降り積もっていく

「外したぞ」

雷門はじっと俺を見詰めてゆっくりと唇を動かしこう言った

「好きよ、鬼道君」
「なっ……???」

俺はまるで瞬間湯沸かし器のように顔が火照った
雷門はしてやったりと言うような顔で笑う

「貴方のそういう顔をもっと見たいわ」

慌ててゴーグルをつける俺の傍で、雷門は静かにこう言った

「もっと貴方を知りたいわ」

雷門の気持ちが、伝わって来る
……こういうのを、幸せって言うんだろうか
けれど同時に、とても切ない


この雷門との時間が、ずっと続けばいいのに


その切なさを振り払うように、俺は軽口を叩く

「馬鹿言え、これは貴重なんだ」
「呆れた、自分の顔を貴重だなんて」
「何を?」
「あら、私とやり合うつもり?」

そう言って雷門は俺の肩に積もった雪を払う
俺も同じ様にして雷門の肩や髪の雪を払って再び傘をさした




雷門は嬉しそうな表情で再び俺の腕の中に収まっている


雪が俺達の周りに降り注ぐ
けれど今はもう大丈夫なんだ


お前がいるからな


俺は心の中で呟いて、そっと雷門の肩を抱く腕に力を込めた






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