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▼駆け引き


制服のリボンを結び鏡を見る
身だしなみを確認して夏未はホッと息をつく


この宿舎へ来てからの生活にもだいぶ慣れて来たわ…


最初はどうなる事かと思ったが、秋は夏未を気遣ってよくアドバイスしてくれるし、何より鬼道の存在が夏未には心強かった

ベッドに置いてあるエプロンに手を伸ばそうとしたその時、ドアをノックする音が響いた

「はい、どうぞ」

その声に応えて部屋に入って来たのは鬼道だった

「すまない朝早くから」
「いいえ、何かあったの…?」
「いや、お前の顔が見たくてな」

その言葉に夏未は無言で鬼道の顔を凝視し硬直している
頬が赤くなって行くその様を眺め鬼道は微笑んだ

「……と言うのは半分冗談で、用事があるから来た」
「!!」
「…お前をからかうのは面白いな」
「貴方、、貴方って人はっ…」

顔を真っ赤にした夏未が見せる表情が可愛らしくて、鬼道は更に笑ったが、すぐに真面目な顔になった

「雷門」
「え?」
「お前イナズマジャパンの役に立ちたいと思っているな?」
「当然だわ」

愚問よ、と言う表情で夏未は腕を組んだ

「ではどんな過酷な仕事でも引き受けるつもりはあるな?」
「勿論だわ」


何が言いたいのかしら?
…そう言えばこの人、さっきから背中に何かを隠しているわね


夏未は訝しげな表情で鬼道を見詰め、彼が何か言うのを待っていた

「お前にとっては、恐らく初めての、厳しい仕事になるだろう」
「構わないわ、早く言って頂戴…そして背中に隠している、その左手に持っているものを見せるのよ」

鬼道はニヤリと笑うと無言でそれを夏未に見せた

「!!」

夏未は思わず後退りした

「裾がほつれている、繕ってくれ」


裁縫……!!!


ついにこの仕事に手を出す時がやって来たのだ…と夏未は覚悟を決めた
…だが言葉が出ない…
確かに学校の授業などで機会はあった…だが極力避けて来た事は否めない


「腕の見せ所だぞ」


また貴方はそんな事を言って…そうやって私の反応を見て楽しんでいるのね、意地悪な人だわ…
それにしても、ああ、何てプレッシャーかしら…


夏未は不安そうな面持ちで鬼道からユニフォームを受け取るとじっとそれを見詰めた

「…夏未」
「ぇ…」
「怪我するなよ」

そう言うと鬼道はマントを翻し部屋を出て行った

「……」

名前で呼ばれた嬉しさが、夏未の胸を満たす


私も、名前呼びするべきかしら…そうよね
2人の時ぐらい、有人くんって…それとも有人さん?嫌だなんだか奥さんみたいね
思い切って有人…は、恥ずかしいわ…


思わず顔を覆った夏未の手からユニフォームが落ちた
それを見て、こんな事を考えている場合ではなかったと我に返る夏未であった




「き、木野さん…」

夏未は慌てて厨房に向かった
厨房にはまだ秋1人で、秋はいつもの笑顔を見せてくれる

「あ、おはよう夏未さん」
「おはよう!あ、の…ちょっと良いかしら」

夏未は秋の腕を取って厨房の端に連れて行く
そして事の次第を話して聞かせた

「大丈夫、教えてあげるから」
「本当に?」
「うん」

その言葉に安堵して、夏未はやっと落ち着いた
ホッと息をつく夏未に向かって、秋は申し訳なさそうに付け加える

「夜でいいかな」
「勿論よ」

夏未は快諾すると、秋を手伝う為にエプロンを身につけた

「ごめんなさい、いつも頼ってばかりで」
「いいのよ…それより夏未さん…」
「え?」
「もしかして、鬼道くんと良い感じ?」

夏未は手に取った数個の玉ねぎを床にばら撒き、玉ねぎは四方へと転がって行く

「ああ…っ、ごめんなさい!」
「大丈夫、玉ねぎは皮をむくから…」
「ええ…」

しょんぼりした夏未に微笑むと、秋は話を元に戻す
そこは流石にきちんとしている

「解り易いわねえ…夏未さんは」
「そ、そうかしら…」
「いつの間に良い感じになったの?」
「…す、少し前…」
「そっかぁ…夏未さんもかぁ…」

まるで自分の事のように嬉しそうに笑う秋の言葉に頬を染めて、夏未は玉ねぎの皮をむき始める
秋は他の玉ねぎを取りに野菜置き場に向かい、夏未はふと…先ほどの秋の言葉に違和感を覚え、大量の玉ねぎを抱えて戻って来た秋に向かって尋ねた

「ねえ木野さん…『夏未さんも』ってどういう意味?」

今度は秋が、玉ねぎをばら撒いた





翌朝

夏未は鬼道の部屋のドアをノックした
中に入るよう促され、夏未は鬼道の部屋へと足を踏み入れる
その部屋は整然と整理されていて、無駄なものは一切置いていない

部屋の様子を窺って夏未は実はホッとした
雑然とした部屋だったらどうしよう、とちょっとだけ思っていたのだ

「何とか出来たわ」

はい、とユニフォームを渡す際、指に巻かれた絆創膏を鬼道がじっと見詰めている事に気付いて、夏未は慌てて手を背中に隠した

何回指に針を刺したか数えきれない程だ
しかしそう言った事を鬼道に知られたくは無い

鬼道も敢えて其処には触れずに、尋ねて来る

「…木野に教わったのか?」
「ええ、随分遅くまでかかってしまって…木野さんに迷惑をかけてしまったわ」
「では今度は1人で出来るようにする事だな」
「わかってるわ…今度は雑巾でも縫ってみるわ、あと可能なら他のメンバーの繕い物も率先して引き受けてみるつもりよ」

その言葉を聞いて鬼道が眉をひそめた
それに気づいた夏未は当然疑問を口にする

「何?何か悪い事でも?」
「いや」
「何よ?」
「……」

鬼道が黙り込んで何かを考えている傍で、夏未は新たに闘志を燃やしていた


…悪いけど他のメンバーには練習台になって貰うわよ
そして完璧に…、今度は鬼道君の繕い物を、完璧にやって見せるわ!!
そして私はまたひとつ成長できるのよ…!


夏未が1人意気込んでいると、鬼道がその闘志に水を差す事を口にし始めた

「悪いが」
「?」
「それは許可できんな」
「何を?」
「他のメンバーの繕い物だ」
「ええ?どうしてよ?」
「…………………………別に」
「別に?」

夏未は鬼道の態度に俄かに腹が立った

「貴方これを私に頼む時 、イナズマジャパンの役に立ちたいか、って聞いたじゃない」
「そうだったかな?」


呆れた、一体どういうつもり?
どうして鬼道くんに私の仕事を制限する権利があるのかしら??


「私だって小さな事でも、もう少し皆の役に立ちたいわ」
「それは分かるが、今はまだ木野達に任せておけ」


………本当に腹の立つ人ね


「理由を聞かなくちゃ納得出来ないわ…これは私のスキルアップにもなるし、何よりも…今度貴方に頼まれた時に、もっと綺麗に完璧にやりたいからよ」

と怒りのあまり夏未はつい本音を漏らしてしまった

それを聞いた鬼道は、一瞬怒っているような、笑っているような、何とも不思議な表情を見せる

「…………それでも、許可しかねる」

必死に何かを抑えているような声を出して、鬼道は夏未から顔を背けた
その様子を見て、夏未は何事かを閃き、不敵な笑みを見せ鬼道に詰め寄った

「………貴方、妬いてるの?」
「そんな事は無い」

即答してぷい、と顔を背ける鬼道に夏未は食い下がる

「じゃあ許可して」
「ダメだ」
「妬いてるのね」
「妬いてない」
「私はマネージャーなのよ」
「しかしお前がやる事によって他の誰かに迷惑がかかるなら、今はまだ率先してやる事もないだろう、雑巾を縫え雑巾を」

その言いぐさに夏未の堪忍袋の緒が切れかかる

「貴方…って人は…妬いているんでしょう?素直にそう言えば良いものを」

夏未が顔を覗き込むと鬼道は反対側へと顔を逸らしてしまう


悔しい…何とかこの駆け引きに勝たなくては…


夏未は一瞬で考えを巡らせて、ある事を思いつく

「…じゃあ、いいわ、条件があるわ」
「何だ」
「私の質問に答えて」

鬼道はしばし沈黙し、この条件を飲むことにしたようだ
朝練の時間が迫っているし、夏未を納得させるには条件を飲むのが最良だと判断したのだろう

「…いいだろう」
「この質問に必ず答えるなら、暫くは他のメンバーの繕い物はしないで、貴方の言う通り雑巾を縫うだけにしておくわ…」
「よし、了解した」

鬼道は即答し、どんな質問にでも答えてみせる、と言う顔をしている
夏未は鬼道の顔を見据えて、その質問を口にした

「貴方は、他のメンバーの繕い物をさせたくない程、私を好きなのね?」

鬼道は顔を見る見る赤くして絶句した

「そうなんでしょう?」

夏未は勝ち誇った顔をすると、鬼道に詰め寄るのだった


「さあ答えなさい」





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