▼密かな試み




それは女の子にとっては大切で
彼の人がそれに気づいてくれるかどうかが

時には
どれだけ自分を想ってくれるかの指針になってしまう程
重要だった




月曜日の朝


夏未は車から降り立つ

「夏未さんおはよう」
「雷門さんおはようございます」

次々に声を掛けられて、夏未は笑顔で挨拶を交わす

「夏未さん」

聞き覚えのある声

「木野さん、おはよう」
「おはよう」

秋が微笑む…が、その表情はどこかぎこちない
夏未と同じ様に緊張しているのだ

「大丈夫だと、思う?」

夏未が恐々秋に聞くと、秋も少し自信なさそうに夏未を見る

「多分…」

夏未と秋は胸がどきどきして、朝起床した瞬間から落ち着かなかった

自分がこれから試そうとしている事は些細なことで
別に己の命運を決めてしまう程大切な事という訳でもない筈なのに
どうしてこんなに緊張するのか全く分からなかった

初めにそれを秋が呟いた時は、いとも簡単なようで、どうとでもない気がしたけれど…

夏未と秋は前方に目標を発見、距離を確認
足を早めようとするが、ほんの少し勇気が出ない
2人ともその場に立ち竦んだまま、動けない

そして別に朝一番でなくても、と思い直し…
仲間達と談笑しながら歩いて行くその人の後ろ姿を見送った

「教室でどうかよね」
「うん…なんだか怖いわ」

夏未と秋は顔を見合わせて、頷き合った





緊張するわ!

夏未が教室のドアの所で固まっていると、風丸がやって来た

「おはよう雷門」
「お、おはよう」
「教室に入らないのか?」
「い、今入るわ」

ガラッ

「おはよう」
「おはよう」

先に登校していた生徒達が風丸と夏未に声を掛けて来る
それに応えながら、夏未は緊張した足取りで自分の席へと歩いて行く
その姿を窓際に寄り掛かった鬼道がじっと観察する様に眺めていた

「よう鬼道!おはよ!」

風丸が鬼道に歩み寄る姿を確認すると、夏未も意を決して口を開いた

「おはよう…鬼道君」
「ああ、おはよう」

それでも鬼道が自分から目を離さない


「何か、用かしら?」
「いや…雷門お前」
「!!!」


その時

「雷門さん、理事長が呼んでるって先生が」

日直の生徒に声を掛けられて、夏未は振り返った

「分かりました、今行きます」

夏未は一生徒から理事長代理へと表情を変化させ、その場を後にした

しかし、夏未はそれから教室へ戻る事は出来なかった

と、いうのも…理事長が急遽午前中から出張に出掛けなければならず、夏未は午前中を丸々理事長代理業務に費やさなければならなかった

思わず溜息が漏れ…長い髪を指先で弄んで、椅子にもたれかかった


木野さんはどうだったかしら


この時間ならもうとっくに結果は出ていると思う
出来れば此処に結果報告にでも来てくれると有難いのだが、しかしよくよく考えてみると秋はいい結果が出て、自分が悪い結果だったら?と思うと怖くて聞く事も出来ない


コンコン


「どうぞ」

ドアを開けて入って来たのは、彼の、鬼道有人だった

「鬼道君!」
「忙しそうだな」
「どうしたの?」
「休み時間だぞ」

マントをなびかせながら夏未の傍まで来ると、鬼道は2冊の自分のノートを机に置く

「英語と数学だ、お前なら部活までに写せるだろう?」
「ありがとう」
「………」
「……?」

鬼道がじっと自分を見詰めるので夏未は居心地が悪くなった
鬼道から目を逸らして、立ち上がり窓際へと移動した
すると鬼道も夏未の傍まで歩み寄る

「?」
「雷門、お前、髪を切ったな?」
「!!!!」

夏未は驚きと喜びとが入り混じって、どういう表情をしているのか自分でも全く分からない
そして身体が動かなかった

「面白い顔をしているな」

鬼道がそう言うと、夏未は金縛りが解けたかのように、鬼道に問いただした

「どうして分かったの!!」
「……見れば分かる」
「分かるの?」
「分かる、だいたい3センチと言った所だな」
「!!!!」
「当たりだな?」

自信たっぷりの表情で夏未を見返す鬼道

「どうして?」
「ちょっとした変化を見逃していたら、本当に好きとは言えんだろう」
「………」

夏未は途端に恥ずかしくなって、下を向いた




「秋、おはよう!」
「おはよう」

円堂に挨拶を返して秋はちょっとがっかりした
豪炎寺は確かに先に来た筈なのだが姿が見えなかった


秋は机に鞄を置くと、廊下へと出て豪炎寺を待つ事にした

壁にもたれかかって、土曜日の事を思い返す



「日曜日に髪を切ろうと思っているの」
「あ、私もよ、どの位切るつもり?」
「そんなには切らないわ、今の髪の長さ、気に入っているから」

夏未と部員達のドリンクを準備しながら、そんな会話になった
そこでふと思った事が全ての始まり

「鬼道君、夏未さんが髪を切ったら気付くかしら」
「…気付かないわよ」
「そうかな…あれで鬼道君、観察力凄いのよね」
「だったら豪炎寺君だって、気付くでしょ?」
「…どうかなあ」
「気付くわよ」
「じゃあ…試してみる?」
「えっ?」
「気付くかどうか」

夏未が不安そうな目で、ボールを追っている鬼道を見詰めた
そして秋も

「…やってみましょうか」
「…うん」
「日曜日に髪を切って、月曜の朝、どう反応するか見ればいいのよね」
「そうそう」



言ってしまった後でちょっぴり後悔した
もし鬼道が気付いて、豪炎寺が気付かなかったら…言い出した自分としてはなんとなく立つ瀬が無い

「言わなきゃ良かったなあ」
「何をだ?」
「え?それは」

秋が驚いて顔を上げると、目の前に豪炎寺が居た

「わ、あ、っと…豪炎寺君!びっくりした!」
「おはよう」
「お、おはよ」

豪炎寺が鞄から一枚の手紙を取り出し、秋に手渡す

「夕香から」
「あ、ありがとう」

夕香は度々秋に手紙をくれる
それに返事を書くのも、秋の密かな楽しみだ

「変な事…書いてないかな?」
「変な事って例えば??」

そう秋が言うと豪炎寺は笑う
…と、一瞬視線が止まった

「?…どうかした?」
「木野、髪切った?」
「!!!!」

秋はぽかんと口を開けて固まった

「おい、木野」
「あ、え…っと…何で」
「うん?」
「分かったの?」

以前と長さはあまり変わらない筈だ

「そうだな…それは」

豪炎寺はさっと周りを窺い、人が居ない事を確認すると、一瞬だけ秋の耳元に口を寄せた


それを聞いた秋は咄嗟に下を向いて、真っ赤になった

『好きだから』

豪炎寺は確かにそう言った






「何だか恥ずかしくなってしまったわ」
「私もよ」

膨大な量のタオルを畳みながら、夏未は秋に打ち明けた

「でも…」
「え?」
「嬉しかったよね…」

感激した面持ちで、秋は手を止める
夏未も思わず頷いてしまう

「女の子にとっては、結構重要よね?」
「そうよね、うん」

自分を弁護する訳ではないけれど、それは結構重要な事で
どんな些細な変化でも気付いてくれれば、とても嬉しい
だってそれは自分を良く見ていてくれると言う事なのだから

「遅くなりました!音無春奈お手伝いします!」

春奈がやって来て、賑やかになる
秋と夏未は顔を見合わせて笑い合い…満たされた心で、またタオルを畳み始めるのだった




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