×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼全てあなたの言葉ひとつ


言わなくてもわかる
なんてことは有り得ない


けれど一緒に居ることが当たり前過ぎると、いつの間にか「言わなくてもわかっている」と思われてしまうのだろうか


はあ、と夏未は息を吐いた


最近自分が妙にイライラしていることに気付いていたし、その原因が何であるかだってちゃんとわかっている

けれど原因がはっきりした所で、それをどうしたら良いのだ
いや、本当はそれだってわかっている
しかし意固地な自分が、どうしてもその解決方法を口に出したくはないと、頑なに拒んでいるのだ


「気持ちが無かったら、一緒になんて居る筈ないだろう」


絶対こう言うに決まっている、と夏未は腕を組む


でもそういうことを言ってるんじゃない
私が言いたいのは、それをたまには言葉にしてくれたって良いじゃないって事であって、本当に私の事を好きなのかとかそういう事じゃ無いのよ


眉間にシワを寄せながら、夏未は組んだ腕を解いて再び息を吐いた



そして秋から空になったドリンクボトルの入ったクーラーバッグを受け取り一人水道へ向かった

手伝うと言ってくれた冬花に礼を述べつつ、一人で大丈夫だと笑ってみせて、夏未は作業に取りかかった

ひとつの事に集中すれば、余計なことを考えなくても済む

そう思ったのだがそれはどうやら間違いだったようだ

スポンジで次々とボトルを洗う中、ふと、休憩中の部員達の笑い声が耳につく
当然輪の中には、今夏未の思考の半分以上を占めている人物も入っているだろう
それを思うと、益々イライラが募る

洗っていたボトルを乱暴に置くと、頬に泡が飛んだ

ハッとして、ボトルを見詰め息を吐く


少し、考え過ぎね…


そこから離れたいのに、思考が動けない
そしてネガティブな思考は駆け巡り、いつのまにやらとんでもない物語を造り出している時もある


「泡、ついているぞ」

声と同時に頬の泡を指先で拭われ、夏未はかなり驚いた

「!!!」
「何だ?面白い顔つきだな」


夏未は言葉を発せずに、ただ、いつの間にか隣に居た鬼道の顔をじっと見詰める
心臓の鼓動が有り得ないぐらいに速い

「お…脅かさないで」
「練習中ずっと俺を睨んでいたろう」
「?!」
「気付いてないと思ったのか?」
「……」

ニヤリと笑い、鬼道はゴーグルを上げて顔を洗い出した

濡れた顔をタオルで拭く鬼道を見詰めていた夏未は、ハッとしてドリンクボトルを洗う作業に再び取りかかる

ボトルを洗う作業に集中し、貴方など気にしていない、と言う様に

「何を怒っている?」
「怒ってなんかいないわ」

手を休めずに、間髪いれずに答えるそれこそが、怒っている証であるのだが…今の夏未にそれを考える余裕は無い

自分の横顔を眺めている鬼道の視線から逃れたい
けれども、せっかくの鬼道との僅かな時間が貴重にも思える
ジレンマを抱えた夏未は唇を噛んだ

「夏未」

呼ばれても、夏未は手を動かすことを止めずにボトルを見詰めながら答える

「何かしら」

瞬間、気配がした

耳元に鬼道の唇

「好きだ」
「!!!」

物凄い勢いで鬼道を見た夏未の唇に、鬼道のそれが触れた

「!!!!!!」

目をまんまるにして固まっている夏未に笑みを向け、鬼道は事も無げに言った

「好きだぞ、夏未」
「…………なっ」


何でわかったのよ!!

と叫びたい夏未だったが、そんなことよりも今さっき鬼道が自分にしたキスの方が断然重要でとんでもない行為であった

「そう言えば、こうして言葉にするのは久しぶりだな」

その言葉に夏未は振り上げそうになっていた泡だらけの手を何とか収める

「だからって…いきなり」
「大丈夫だ、今は絶好のシチュエーションだったんだ」
「そう言うことを言ってるんじゃ…」
「お前が何を怒っていたのか知らないが…その顔を見てたら言いたくなったんだ」
「……」
「その怒り顔も、好きだとな」

カッと頬を染めた夏未を満足そうに見詰め、鬼道は夏未の唇を指さしてから…再び耳元で囁いた

「後で、またしよう」




ボトルの泡を水で濯ぎ落としながら、ふと、手を止めて鬼道の後ろ姿を眺める


結局の所、私は満たされてしまった
しかも一緒に帰る約束までして


現金なものだわ、と潔く反省して、夏未は再びボトルを濯ぎ始める
しかし直ぐに、自分も暫く気持ちを言葉にしていない事に気付いて顔が青ざめた


気付いたかも知れない


夏未が再び鬼道の方を見れば、果たして鬼道も夏未を振り返っていて、しっかり視線がかち合った

口角を上げて鬼道が微笑み、夏未は手にしていたボトルを落としてしまった

あれだけ言葉を望んでいたのに、いざ逆の立場になってみると、とてつもなく恥ずかしい
それは唇を重ねることよりも

「キスだけで我慢してくれないかしら…」

ふと呟く

すると後ろでガラガラとボトルを落とす音がした

「な、夏未さん今のどう言う意味ですか?!」
「お、音無さん!!」
「ま、まさかお兄ちゃんが夏未さんに?!」
「ごごご誤解よ!」

鼻息を荒くして迫る春奈に、逃げ場の無い夏未はしどろもどろで困り果てるのであった





目次

[短編/本棚/TOP]