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▼やわらかな溺愛


「随分貰ったのね、奇特な人も居たものだわ」
「その台詞をそっくりそのまま返そう」

お互いの両手に下げた紙袋を眺めた後、鬼道と夏未は歩き出す

「だいたい」

先に口を開いたのは鬼道だった

「男子の俺より多いというのは一体どういう訳なんだ」
「近年、バレンタインは女子が男子にチョコを贈るだけのイベントでは無いと言うことね」
「確かに、バレンタインと言うのは…」
「小難しい解説は半田君にでもして頂戴」

そう言って夏未は一端足を止め、チョコの入った紙袋を再び見詰め呟いた

「やっぱり場寅に持って行って貰った方が良かったかしら…」
「雷門夏未様は人気があって結構なことだな」
「あら珍しい、貴方が妬くなんて」
「妬いてなどいない」
「貴方と違って、私のは可愛い女子の後輩やお友達からの友チョコが殆どだわ、貴方と違って」

貴方と違って、と言う箇所を殊更強調し、夏未は目を細め鬼道を見詰めた

ぐ、と思わず一歩引く気配を見せた鬼道
これ以上夏未を刺激しない方が身の為だと思ったのか…

「これは、あれだ」

先に立って歩き出した夏未の揺れる髪を見詰めながら、つい言い訳がましい言葉が鬼道の口をつく

「本命な訳無いだろう」
「…」
「俺とお前のことを知らないヤツは居ないんだぞ」
「…」

それと、他の女子にチョコを貰う理由が何の関係があるんだろうか、と夏未は思う
だがしかし敢えて其処は追求しないでおく

「本来俺が甘いものが苦手なのはお前も知っているだろう」
「それにチョコが欲しいだなんて一言も言った覚えはだな…」
「ファンが有名人に送るチョコのようなもので、…」


思い付く限りの言い訳を鬼道が必死に並べている間に、鉄塔広場に到着した2人はベンチに揃って腰を下ろした

「聞いてるのか夏未」
「はいはい」

不服そうな鬼道の顔を眺めてから、夏未は鬼道の紙袋へ手を伸ばし1つのチョコを手に取った

相手が自分にとって特別でなければ、この日にチョコを贈ろうと言う気持ちになる訳が無い


リボンの間に挟まっていたカードを開くと「鬼道君へ」と書かれた可愛らしい文字

自分の心と同じ心が、其処に込められている

「俺が欲しいチョコは1つだけだし…」

小さな呟きが夏未の耳に届き、ほんの少しだけ複雑な気持ちになる

「甘いものは苦手なんでしょう?」
「それは、…」
「欲しいとは言ってないと言っていたわね」
「お前何を拗ねているんだ」
「別に拗ねてなんかいないわ」
「だったら何なんだ」
「…確かに、欲しいから下さいと言われた訳でも無いのに勝手に用意するのもおかしな話よね」

訳が解らないと言った表情の鬼道が腕組みをして夏未を見詰めた

「…?…別にチョコ自体が欲しいとかそんな事では…」
「だったら何なの」
「気持ちだろう、チョコを贈ると言う行為そのものに、相手を想う気持ちが込められているのだ、それが…」

夏未は鬼道の唇へ人差し指をあて、言葉を制した

「そうね、…だから」


チョコにはちゃんと気持ちが込められているんだから


ちら、と鬼道の紙袋へ夏未が視線を送ると鬼道は苦笑いし、

「わかった、降参だ」

と肩をすくめた

「解っているくせに余計な言い訳ばかりするからよ」
「…そうだな」

夏未が満足そうに笑みを見せ、手にしていたチョコを紙袋に戻す
その隙をつき、鬼道が夏未を引き寄せた

「ちょっと!」
「それで?」
「な、何よ」
「愛しい彼氏へ気持ちは?」

ニヤリと鬼道が笑うと夏未の頬が真っ赤に染まった

「ちゃ、ちゃんとあるわよ」
「ほう」
「今回は贈る人が多くて大変だったんだから…」

その言葉を聞いた鬼道がおかしな表情を見せる

「何?」
「そのチョコを見れば、まあ、容易にそれは想像できるが」
「?」
「お前、…あれだ」
「え?」
「……」

自分を引き寄せている鬼道が、眉を寄せて口を真一文字に結んでいるその表情は何やらとても可笑しくて、夏未は思わず吹き出した

「なあに」

ふい、とそっぽを向くと鬼道はやや口を尖らせた

充分過ぎる程子供っぽい鬼道のそんな表情は、夏未の心臓を跳ねさせる

「…手作りしたのは貴方のだけよ」

夏未がそう言うと、鬼道の頬が僅かに緩んだ

「貴方でもそんな顔するのね」
「何の話だ」

とぼける鬼道に向かって夏未はわざとらしく「ああ、そうだわ」と独り言めいた

「もう1人いたわね、手作りチョコを渡した相手が」
「何」

今度はあからさまに心配そうな顔をした鬼道に向かって、夏未はくすりと微笑み、その耳元で囁いた

「お父様よ」




やわらかな溺愛
by確かに恋だった






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