▼焦がれるほどに会いたかったから
共に過ごす時間が在れば意思表示など必要ない、などと思っていた自分に、夏未は今、僅かな憤りさえ感じていた
ようやく会えたのに、会いたかったの一言もなく、それどころか約束の時間に遅れて自分の心を滅茶苦茶にしてくれた、隣に座るこの彼氏にどうやったら同じ想いを味あわせてやれるのだろうと、そんな物騒な事ばかり考えていた
そしてその心を隠す事に精一杯になる余り、夏未は鬼道の顔をまともに見ていなかった
「…すまない、遅れて」
「…いいのよ、何かとお忙しいでしょうから」
鬼道の顔をチラリとも見ずに、夏未は冷たく言い放つ
鬼道の方はと言えば、何を言われても悪いのは自分だと言う姿勢を貫くつもりなのか、堅い表情を崩さないままだ
当然よ…
そんな想いが心を締めると鬼道が再び口を開いた
「…待っててくれるとは思わなかった」
「じゃあ、帰った方が良かったのかしらね」
「いや…」
下手に出る鬼道をもっと追い詰めてやりたい、傷つけて、やりたい
鬼道に会いたくて会いたくて、焦がれていた想いが、今や憎しみとなって夏未を支配しているのだ
可愛さ余って憎さ100倍、とはこういう事を言うのかしら
1時間も待たせてどういうつもり、と素直に怒っていたなら良かったのだ
そうすれば…会いたかった、と、寂しかった、と言う事が出来るのに
どうして自分はこんなに不器用なんだろうか
「メールも出来ずにすまない、今日は携帯を家に忘れてしまって」
「………そう」
膝の上で組んだ両手に力を込める
胸の中で何かがくすぶっていて、それは表に出る機会を伺っているのだ
忘れ物をするなんて、弛んでいる証拠よ
「言い訳するつもりは無いんだが…」
「………」
「正直に言うと…」
ぽつぽつと話す鬼道の横で、俯いたままの夏未の瞳が挑むようなものに変わった事を鬼道は知らない
どんな理由があるのか、言えるのなら言ってご覧なさいよ
夏未は組んだ両手を解いて、今度は膝の上で握り締めた
「今日はお前に…ようやく会えると思ったら、…気持ちが浮かれてしまってな…学校でも有り得ないミスをして」
「………」
「この俺が、一時間の補習だ」
「………」
力を込めていた両手が緩む
そっと開くと、手のひらに爪の痕が出来ている
その痕を見詰る夏未の心に自責の念が広がり始め、それはじわじわと夏未を苦しめ始める…
この痕は、自分の心の醜さだわ
でも、でも…
「……笑って許すなんて、出来ないわ…だって私は貴方に会いたくて、会いたくて仕方なかったんですもの」
開いた手の平にぽたりと涙が落ちた
心が解れたなら、凍りついたそれが溶けるのはいとも簡単で
「貴方らしく無いじゃない…」
「夏未…」
そっと鬼道の手が夏未の手に触れる
温かい、鬼道の手
久しぶりに会う鬼道が、今どんな表情をしているのか見たかった…けれど、顔を上げる事が出来ない
情けなくて、恥ずかしくて、鬼道の顔を見られなかった
「…ごめんなさい」
「なんでお前が…」
「ごめんなさい」
「夏未…」
俯いたままの夏未をそっと鬼道が抱き締める
その夏未の耳元に鬼道の声が優しく響いた
「会いたかった…」
「………うん…」
久しぶりに会ったのに、こんなぐちゃぐちゃな顔…
泣きながら夏未がそう思った刹那、鬼道の唇が、そっと重なった
今度遅れたら、絶対許さないんだから…絶対
そう思いながら、夏未はそっと鬼道の背中を抱き締めるのだった