▼好きです…大好き、です
ひゅうひゅうと音が鳴る程強い風が吹いている
グラウンドの土が舞い上がって埃っぽい
それでも部員達は懸命にその風と戦いボールを追いかけている
青いマントが翻るのを遠目に見詰め、夏未はスカートの裾をそっと押さえた
朝は快晴だったし、今日は体育も無かったから外に出るまで、これほど風が強いとは気付かなかったのである
ジャージ姿の秋と春奈へ目を移せば自分の不甲斐なさが身に沁みる
「どうかしたの?」
夏未の様子に心配そうな顔を向ける秋にぎこちなく微笑んで、夏未は口を開く
「ジャージに着替えて来るわね」
秋は夏未の肩越しに何かを発見したようで
「大丈夫だと思うよ」
と笑った
訳が分からずに夏未が戸惑いの表情を秋に向けた瞬間、いきなりバサリと肩に何か被せられた
「??」
振り向けば、其処には渋い表情をした鬼道が居て、自分のマントを夏未の肩に羽織らせていた
「な、に?」
「風が強い」
「え?」
鬼道は夏未の前に回るとマントを合わせ、紐をきゅ、と固く結ぶ
部員達が各々休憩を取る傍らで、鬼道は不満そうな顔つきをやっと緩め、眉を上げて夏未を頭から爪先までをゆっくり眺めた
「良し…良いだろう」
マントに覆われた夏未の身体は、膝から下が見えているのみ
密かにがっかりした顔をしている部員達を見回して、鬼道はニヤリとほくそ笑んだ
「次は注意しろ」
何時もなら、こんな命令口調の鬼道に対して必ず反論する夏未だが、今回ばかりは素直に反省の言葉を口にする
「ごめんなさい」
しゅんとうなだれる夏未に目を細め、鬼道は顔を寄せて耳打ちした
「ハラハラさせないでくれ」
「…ッ」
口角を上げて緩く微笑んだ鬼道に真っ赤になった夏未は、1歩2歩と後退り、ついには「やっぱり着替えて来るわ!」と秋に叫ぶと走り出した
マントを翻し走りながら、どうしようもなく震える心臓の鼓動と鬼道への想いがリンクする
校舎の入り口で立ち止まると、ふと言葉が漏れた
「あんな顔、反則じゃない…」
その時強い風が吹き込んで、夏未の髪と、マントとを揺らした
はたはたと翻るマントを眺めながら、鬼道が結んでくれた紐の結び目にそっと触れて…夏未は幸せそうに微笑んだ