▼不機嫌な理由は教えられません


鬼夏豪秋不冬


「見えそうで、見えない、それが問題なんだ」

豪炎寺がこめかみに筋を立てながら声を絞り出した

「妙に想像力を働かせてしまうからな」

鬼道が面白くなさそうに大きく頷いた

「お前らはまだジャージ、って言う選択肢があるからいいけどよ…」

不動が忌々しげに舌打ちをする
鬼道が驚いて、腕組みを解く

「久遠は持ってないのか、ジャージ」
「わかんねえ…聞けねー」

地面を蹴りたそうにブラブラと脚を揺らす不動を眺め、豪炎寺が息を吐いた

「気持ちはわかる、こんなことでうだうだ悩むのも男らしくないとは思う、だがな」
「いい気持ちがしないのは確かだろう?それは男として当然だ」

鬼道が断言し、豪炎寺も不動も頷いたところで、爽やかな風がそよそよとそよいだ

3人は一斉に目線を各々の彼女のスカートの裾へと走らせる
ひらひらと揺れるそれは3人だけではなく、他のメンバー達の目線をも集中させるのだ

「畜生ムカつくぜ…!」

不動がパシンと右手の平を左の拳で叩き、鬼道が再び腕組みをしてゴーグルの奥をギラつかせ、豪炎寺が何らかの準備に備えて足元のボールを弄んでいる

3人の異様な空気にも気付かず、夏未、秋、冬花の3人は春奈と共ににこやかな笑顔を振りまきスカートを揺らして歩き回っていた

「砂を巻いて目潰ししてやりたいくらいだな」
「しかし毎日それをやる訳にもいかん」
「ちらちらと盗み見しやがって…」

健全な男子中学生なら、それが気になるのは当然のこと
しかし彼氏の自分達ならいざ知らず、他の輩が「今日は何色か」などと言う話で密かに盛り上がっている事態は大変よろしくない
そして彼女に、「風が吹くと下着がチラチラ見えるので、どうかジャージを着て下さい」とはお願い出来ない彼らにとって、悪いのは全て自分達の目を盗んでチラ見しようとする奴ら、になってしまうのであった



「『ジャージ履けよ』なんて言ったら絶対目をきらきらさせて『それって心配してくれてるの』とか何とか言って余計な事を言わされる」

と不動は言う

「『貴方でもそういうことが気になるのね』と言われそうだ…一体俺を何だと思っているんだ全く」

鬼道が続く

豪炎寺はふと気付く
秋ならば『きっと気付かずに心配かけてごめんね』と言って、ジャージを着るか、もう一枚ショートパンツでも履いてくれるかも知れない
秋は素直で可愛いから、自分がこんな風に悩んでいることを知ったら自分を責めて泣いてしまうかも
嗚呼、やはり可愛すぎるな俺の秋は、そうなったら抱き締めて頭を撫でてやろう


「何をにやにやしているんだ豪炎寺」
「いや、何でも無い」

豪炎寺が表情を戻す様子を眺め、鬼道は感づいた


豪炎寺のやつきっと木野なら自分の言うことを素直に聞いてくれると思ってでもいるのだろう
夏未だって理路整然ときちんと説明すればわかってくれる
回転の速い女子だからな、全部言い終える前に俺の気持ちを汲み取ってくれるだろう
『気が回らなくてごめんなさい』と反省もしてくれる筈だ
俗に言うツンデレだがな、デレた時のギャップがたまらないんだそれはもう可愛すぎるのだ



「何だよ鬼道…気持ち悪いな」
「いや、別に、気のせいだ」


その横顔から視線を逸らし、不動は思う


全くこんな時にこいつら2人は呑気だぜ
しかし冬花も冬花だ、いつもスカートをひらひらさせやがって
この俺がこんなにしんぱ…別に心配じゃねえ!面白くないだけだ!まあ、それを知ったらさっきみたいに言うかも知んねーけどよ、『それって好きだからだよね?』とか何とか嬉しそうに笑って、結局は俺が気にしてるのが一番嬉しいとか言うんだよ
あいつだって俺の前だけでは自分らしい顔を見せるんだからな
実際あんな風にすましてるだけのつまんねー女じゃねーんだよ



「何だ不動、何か面白いことでもあったのか」

豪炎寺に言われてハッとした不動は「何でもねー」と顔を逸らした



各々、そんなことを思いながら、その場所に座り込んだ3人
だいぶベンチから離れてはいるが、他のメンバーを監視する目的もあるし、此処なら会話を聞かれなくてすむ

「とにかく、やきもきするのも良い加減疲れたな」
「だな、やっぱり言うしかねーか」
「それが一番手っ取り早いな」

先程の妄想から考えを柔らかくした彼らは、何となく笑い合った

「其処の3人」

夏未、秋、冬花の声に振り向いてから、各自の靴の爪先から膝、太もも、と順を追って目線を移していく

と、幸か不幸かひゅう、と強く風がそよいだ

はらりと一瞬舞ったスカート

夏未、秋、冬花は顔を真っ赤にして固まった
手にはドリンクとタオルを持って、自分の彼氏の反応を伺っている
3人は同時に立ち上がった

「だから言ったろう」

言ってはいないが、ここぞとばかりに口火を切った鬼道に続いて不動が乗った

「俺らだから良かったけどな」
「他の奴らに、見せたい、訳でもないだろう?」

豪炎寺の言葉に3人が赤い顔を青くした

「この突発的事故をふまえて、風の強い日、まあ毎日でもいいけどよ」
「ジャージ着用を提案する」
「異論は無いと思うが?どうだろう」

不動、鬼道、豪炎寺にたたみかけられて、冬花、夏未、秋、はこくこくと頷いた

「ごめんなさい、豪炎寺くん私…わざとじゃないの…」

涙目になった秋に、豪炎寺が寄り添う

「わかってる、わかってるから…」
「うん…」

当初の予定通り豪炎寺は秋の髪を優しく撫でている

夏未は俯いて、酷く落ち込んだ様子で小さく呟いた

「考えが足りなかったわ…迂闊だわ、私…恥ずかしいわ」
「いや、これから徹底すればいいのだ、大丈夫だ」
「ええ…」

夏未の肩を抱き優しく庇う鬼道

「……」
「…何だよ」
「怒ってる?」
「別に」
「ずっと気にしてくれてたの?」
「……まーよ…」
「ごめんね」
「ジャージ持ってるのか」
「うん」

不動は、ほ、と息を吐くと

「あんま心配させんなよ」

と静かに言った
それを聞いた冬花が嬉しそうに顔を綻ばせたので、不動も照れ臭そうに笑ってみせた



「終わりよければ何とやら、だな」

練習が終わり、だらだらと歩きながら鬼道が笑った

「ジャージに着替えた後の他の奴らのがっかりした顔と言ったらなかったぜ」

くく、と不動が笑うと豪炎寺がのろけた

「秋はやっぱり可愛すぎる…」
「夏未のあのしょげ方は格別だ」
「俺を気にする冬花の顔が何とも言えねーな」

ははは、と笑い合う3人

「けど雷門が水色かよ」
「木野がピンクか」
「久遠は白だったな」

「「「……」」」

「ふ、不動貴様あああ!いつの間に!」
「待て鬼道!!お前の台詞も聞き捨てならないぞ!!」
「いや豪炎寺てめえ人の彼女の下着の色何雑談してんだ!!」

鬼道に胸倉を掴まれた不動は豪炎寺のユニフォームを引っ張り、豪炎寺は鬼道のマントを締め上げた

「あれは不可抗力だ豪炎寺!しかし不動は許さん俺の夏未の貴重な…「待て待て鬼道お前勝手言うなよ!豪炎寺お前今すぐ忘れろ!冬花の「風が同時でスカートが捲れたんだ仕方ないだろう!鬼道いくらお前だからって見ていいものと悪いものが」

ぎゃあぎゃあ騒ぎながらその場でぐるぐる回る3人の姿は滑稽で、到底決着が付きそうになかった






不機嫌な理由は教えられません
by確かに恋だった





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