▼11月22日記念


「やっぱり赤の方が良かったかしら」

足を組んで考え込む夏未の横顔を見詰め、鬼道は笑う

「だから両方買ったらどうだと言ったのだ」
「だって…なんだか派手なような気がしたのよ」
「着る機会はまだ幾らでもあるだろう」
「…そうだけど…」
「場寅」
「はい」
「ショップに連絡をしておいてくれ、先程の赤のドレスも購入するとな」
「かしこまりました」

夏未はちょっとした抗議の目を鬼道に向ける

「貴方は何でも決めてしまうのね」
「迷っているなら買った方が良い…あの赤い色は、実は俺も気に入っていたのだ」
「あら」

鬼道は夏未の肩を抱き寄せて囁く

「お前の髪に良く映える」
「じゃあ…今度着るのはそちらにするわ」

夏未は嬉しそうに鬼道に身体を預けると、視線だけを車の外へと向けた








「兄さん!夏未さん!」
「春奈さん」
「春奈」

鬼道と夏未を見つけた春奈は嬉しそうに駆け寄って来る

「お元気でしたか?」
「ええ、春奈さんも元気そうね」
「無理をしているんじゃないのか?教師も大変な仕事だ」

心配顔の鬼道を余所に、春奈は「平気平気」と笑う

「あっちに円堂さんとか風丸さんとかみえてますよ!」
「そうだ風丸とは打ち合わせがまだ残ってるんだ…ちょっと行ってくる、大丈夫か?」
「大丈夫よ、貴方心配しすぎだわ」

鬼道は俄かに赤くなって、ごにょごにょと小さく呟いた

「お前1人の身体ではないんだぞ…」
「大丈夫、転んだりしないわ」
「兄さんが戻って来るまで、私が一緒にいるから…二次会の幹事だったよね?」
「ああ、じゃあ頼んだぞ春奈」

足早にその場を去る鬼道を見詰めながら、夏未は「全く…」と溜息をついた

「それにしても、その真紅の赤、素敵ですね」
「派手かとも思ったんだけど…」
「いいえ、大丈夫ですよ!」
「あの人ったら、身体を冷やすからやっぱり止めた方が良いと出掛ける寸前になって言うのよ…もともとこれはあの人が選んだって言うのに」
「ふふ」

春奈は笑って、感慨深そうに夏未を眺めた

「兄さん凄く嬉しそうでした、私も嬉しいです…」
「…ありがとう」
「女の子だったら嫁には出さん!とか言いそうですよね、兄さん」
「そうなの、性別もまだ分からないうちからそんな事言って…」
「おーい夏未!!」

声のした方を見ると円堂と風丸を引き連れて鬼道が戻って来る

「兄さん、早ッ」
「そんなに長くなる話ではなかったのだ」
「久しぶりだな、らい…じゃなかった夏未さん」
「何だか風丸君にそう呼ばれるのは変な感じね」
「でも今は鬼道の奥さんだしな」
「夏未って呼べば?」
「お前は相変わらずだな」

風丸が呆れ顔をする横で、円堂が不思議そうな顔をする
しかし円堂は直ぐに珍しく不安そうな表情になった

「俺友人代表でまたスピーチするんだぜ…苦手なんだよ〜」

円堂が愚痴り風丸が追い打ちをかけるように言った

「俺が結婚する時も友人代表はお前だ」
「何だよそれ!」

慌てる円堂を他所に鬼道も

「俺の時もそうだったからな、頑張れよキャプテン」

とからかった

「ちぇっ!俺の時はお前らに絶対余興やって貰う!!」
「お前はボールと結婚するんじゃなかったのか」
「半田と同じ事言うなよな!」

円堂が膨れる傍で、鬼道と風丸は大笑いし、そんなやりとりを聞いて夏未と春奈も顔を見合わせて笑い合った










『豪炎寺家、木野家の方、お時間でございます、チャペルの方へお願い致します』

チャペルの方へと歩き出した人集りの中に、冬花の姿を見つけた春奈が声を掛けた

「冬花さん!」
「あ、春奈さん!夏未さん!」

冬花が嬉しそうに笑顔を向け、冬花の隣の不動が「げっ」とあからさまに嫌そうな顔をした

「お2人ともお元気でしたか?」
「冬花さんお久しぶりね」
「お久しぶりです!!」

夏未と春奈が冬花と嬉しそうに会話する中、不動と鬼道も軽く挨拶を交わしている
小さな声で夏未はそっと冬花に尋ねた

「冬花さん不動君とはどうなってるの?」

ふふ、と微笑むと冬花は嬉しそうに答える

「実は今度入籍するんです」
「えっそうなんですか?」

春奈が驚きの声を上げると冬花は赤くなった

「木野さんと豪炎寺君に触発されたのかしら」
「冬花さんと不動さんて一緒に住んで結構経ちますよね?」
「ええ」

はにかみながら答える冬花からは幸せが滲み出ている
そんな表情を見詰めて、夏未はホッとしたように息をついた

「…良かったわね、冬花さん」
「ホント、おめでとうございます!式はどうするんですか?」

冬花が答えようと口を開きかけた時、半田がぴょこ、と顔を出す

「よう!」
「あ、半田さん!」
「半田君」
「半田君久しぶりね」
「知ってるか?豪炎寺のやつ、木野にフィールドのど真ん中でプロポーズしたらしいぜ」
「えええ!凄い!!」

春奈が興奮して声を上げるのを聞いた鬼道と不動、風丸と円堂が立ち止まった

「おい半田、俺達より先に女子に声を掛けるとは…相変わらず変わらんなお前も」
「何で野郎に先に声をかけなきゃならないんだ」

半田の言葉に、鬼道もやれやれ、と言う顔をすると風丸が半田に尋ねた

「今日はどんなネタを持って来たんだ」
「豪炎寺がフィールドのど真ん中でプロポーズしたって話」
「試合中?」
「そんな訳あるか!」

円堂のボケにツッコミを入れながら、半田はにやりと笑い、鬼道は唸った

「しかし豪炎寺らしいと言えば、豪炎寺らしい、か?」
「兄さんは何処でプロポーズしたの?」
「ん?俺は」

すんなり答えようとした鬼道がハッとして口を噤むと、夏未以外の連中が期待を込めて鬼道を見ていた

「ひ、秘密だ!そんな事言えるか!」
「何だつまんない」
「プライベートな事をそう易易と口にしてたまるか…」

赤くなった鬼道を放って、春奈は今度は冬花ににじり寄る…

「冬花さんは?何処でプロポーズされたんですか?何て言われたんですか?」
「それは「何も喋るんじゃねえ!!!」

茹で蛸の様になった不動が春奈の言葉を遮って、春奈は不満そうな顔をする
そんな春奈に夏未はさらりと言った

「春奈さんこそ、彼とはどうなってるの?」

それを聞いた鬼道の額にぴくりと筋が浮き出る

「何?春奈…お前」
「な、ななな、何でもないの!!」

「夏未さん秘密にしてって言ったじゃないですか!」と小声で抗議する春奈に「春奈さん自身はどうなっているのかしらと思って」と夏未は涼しい顔だ

「彼とは…誰だ」
「一流企業に勤めているらしいわ、身元は確かな人よ」
「あ、後でちゃんと話すわよ…」








チャペルに入ると、鬼道の追求を逃れる様に春奈は鬼道夫妻から離れ、円堂、風丸、半田と共に着席する
鬼道夫妻と不動、冬花はその後ろだ

隣に座った冬花がひそひそと夏未に話し掛けて来る…

「ねえ夏未さん、豪炎寺君のプロポーズってほんとかな」
「そうねえ…あとで木野さんに、聞いてみようかしら」
「そうね」

パイプオルガンが鳴り響き、扉が開くと…やや緊張気味の豪炎寺が入場して来る
そして、牧師の前に立った
一端閉じていた扉が再び開き、今度は秋と秋の父親が一歩一歩、豪炎寺へと歩んで行く…

「式は、教会にするか」

ぽそりと呟く不動

「…うん」

と嬉しそうに返事をする冬花




通り過ぎる秋の横顔を眺めながら春奈はふと思う

本当は、ずっと話さなきゃって思ってたんだよね、…彼のこと
ちゃんと話さなきゃ

春奈は長く揺れるヴェールを見詰め、そう決意する




「木野さん…綺麗だわ」
「…お前も、美しい」

夏未は咄嗟に自分の夫へと目を向け、そして恥ずかしそうに「もう…」と呟く

「もう一度、やるか、結婚式」
「馬鹿」

そう、たしなめる妻を愛しく思いながら、鬼道は夏未の手を優しく握った








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