▼もう一度触れたい


夏未は横を歩く鬼道へと、目を移す、ごく自然に、気付かれ無いように


以前、初めて手を繋いだ時もそうだったわ


その時も、自分がそんなコトを望んでいるとは認めがたく、頑なにその想いを否定した

しかし、鬼道が当然の様に手を差し出すと、夏未も当然の様な顔をして…その手を取った…


その時の感情は今も覚えているわ


とても嬉しかった


鬼道の手の温もりが自分の手を通して伝わって来る
自分の望みが叶った喜びは、戸惑いと気恥ずかしさを覆ってしまい…夏未を満たして、更にそれを求めるようになってしまう


触れる喜び
それは私をおかしくしてしまうのかしら


夏未は俯いて溜め息をつく
そんな夏未に鬼道が足を止め声を掛ける…

「何かあったのか?」
「何でも無いの…気にしないで」

夏未はそう誤魔化して、今度は先に歩き出した

歩きながら唇を噛む…

その唇は昨日…鬼道のそれが触れた唇


あの時の熱に浮かされた様な感覚が、きっと残っているせいよね
でなければ


もう一度触れたい、なんて


私が思う筈が無いもの…
きっと何か


「夏未」
「…えっ」

手首を掴まれて、夏未は立ち止まり振り返る

「何を考えている?」
「えっ…」
「ずっと何か考えているだろう…もしかして」
「!!」

鬼道は言いにくそうに一度口を閉じるが、意を決したような表情で再び口を開く

「…昨日の…事か」
「そッ」
「……怒っている、のか」
「そんな事ない!」

躊躇いながら尋ねて来た鬼道の言葉を思い切り否定してしまってから、夏未は後悔した
しかも鬼道は相変わらず夏未の手首をやんわりと掴んだままだし、今の自分の反応を見逃すとは思えなかった


「なら何を考えていた?」


ほら、来た
きっと誤解されたかも
でも、言えない


「何でも」

付け焼き刃の誤魔化しが鬼道に通用する筈も無い
案の定鬼道は渋い表情で自分を見詰めている

「無い訳無いだろう…そんな思い詰めた顔をして、俺が気付かないとでも?」

夏未は顔の火照りを感じて慌てて鬼道から視線を逸らす
それを目にした鬼道が、今度は一歩、夏未に近付いた


絶対言えない、絶対よ


硬く口を閉ざす夏未を見詰め、鬼道の方も何かを伝えようか、どうしようか迷っているような表情を見せていた

が、何かを決意したようだ

「俺は」

鬼道はゴーグルをぐいと額の上へと押し上げ言葉を繋いだ

「お前に、もう一度触れたいと…思っていた」
「ぇ…」
「昨日の、名残なのか…良く分からんが…ただ何て言うか」

口ごもり決まり悪そうな表情の鬼道を見るのは初めてで…そして鬼道が自分とまるっきり同じ想いを感じ、それに戸惑っていた事を知ると急に肩から力が抜けた

「その…」
「ふふ…」
「?」
「私も貴方に、触れたいって…思っていたわ」
「!!!」
「貴方を身近に感じてしまったら、もう止まらないの…手を繋いで、そして触れたい、って望んでしまう…どうしてかしらね」

自然に口から放たれた言葉に驚いた夏未だが、もっと驚いたのは鬼道だった

「それはその」
「そう言うコトよ」
「!!!」

かああッと赤くなっていく鬼道の顔を見ると、夏未も急激に恥ずかしくなって来る

「も、もうッ…何よ、昨日より恥ずかしいじゃない…」
「お、お前がらしくない事を言うからだろう」
「貴方が珍しく照れたりするからでしょ!貴方はいつも…何でも見透かした様に余裕綽々でいてくれないと困るわ!」

夏未がそう言い終わるか終わらないか、と言う刹那、鬼道が掴んでいた夏未の手首を引っ張り…夏未は鬼道の腕の中へ

「では、次からは、そうする」

そう言うと、鬼道は素早く夏未の唇を奪った

「…ッ」
「何だその顔は」
「こんな公衆の往来で」
「今は誰も居ないし、お前も望んだ筈だが?」
「〜〜…」
「明日もしようか、明後日も、その次も毎日」
「毎日?」

夏未が声を上げると鬼道がニヤリと笑った

「嫌だとは、言うまいな?」
「しッ!知らないわそんなコト!」


それでも
触れればまた欲しくなってしまう

好きだから
きっとそれは自然なコトなのかも知れない

だから私は


もう一度触れたい


貴方に



20110925
tayutau taira


「恋色キャンバス」様に提出させて頂きました!物凄く楽しかったです!幸せです!ありがとうございました!




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