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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


▼貴方のとなり


自分自身では、気がつかないでいるのだが、夏未はこれで何度目かになるであろう、溜息をついた

部室の机の上で洗濯したタオルをたたみながら、ふと手を止める
そしてまたタオルをたたみ…手を止める
ぼうっとしている自分に気付いてぶんぶんと頭を振るも、また直ぐに一点を見詰めて何事かに思いを馳せていた




『鬼道先輩が好きです』


その一年の女子が鬼道に告白しているのを、偶然、目にしてしまった
しかしその場所は、部活帰りに何時も夏未と鬼道が待ち合わせをしている場所でもある

『俺は夏未と付き合っているんだが』
『知っています…良く一緒に帰っているのも…』
『此処で、待ち合わせしてるのも、か』
『……はい、……でも此処ぐらいしか、鬼道先輩と話が出来る場所が無いと思って』

鬼道はやれやれ、と言う顔をした
そして自分を見詰めて居る夏未に気づくと、ゴーグル越しに「大丈夫だから」とでも言う様に頷いた

『俺は夏未が好きだし、この気持ちは誰に何を言われても一生変わらない』
『一生…ですか?』

その一年生は「まさか」と言う顔をしたのかも知れなかった
夏未の方に背中を向けて居るので表情を確認する事は出来ないのだが、鬼道の眉間にシワが寄ったので何か勘に触ったらしい事は確かだった

『そうだ、一生だ…その証拠に俺達は卒業したら婚約する』
『婚約』
『言いふらしても構わんぞ』

鬼道はニヤリと笑うとそのまま夏未の方へと歩いて来る
その一年生は咄嗟に振り返り、夏未が居る事に気付いて慌てて走り去ってしまった




あの一年生はどうしたかしら…
それにしたって鬼道君ももう少し優しい態度で接しても良かったのに


夏未は自分の心に在る何かすっきりしないものに囚われていた
それはもやもやとして夏未を覆い、懸命に押し止めようとするのだが…いつの間にか絡められている


私どうしたのかしら


夏未は頬に手を当てて考えに耽る
鬼道にはファンクラブがあったり、非常にモテる、と言う事は既に知っている事だ
…だが実際にああして目の当たりにしたのは初めてだった


と、言うか普通は見る事なんて無いわ
告白なんて、人知れず…誰にも知られないように本人だけに伝えるものじゃないの


そこで夏未は鬼道がその時に言った言葉を思い出す

『訳が分からんな』

その時は何を指しているのか分からなかったが、それが今分かった


あの子、もしかしたら


「あれ?夏未さん…どうしたの?」

其処へ秋がやって来て、すっかり手が止まってしまっている夏未を見て驚いた
何時もの夏未と違う表情に、秋は首を傾げている

「あの、ごめんなさい…」

謝る夏未に秋は「大丈夫、手伝うよ」と言うと一緒にタオルをたたみ始める

「何か心配ごと?」
「………心配…って訳じゃないんだけど…」


なら自分は何に囚われているんだろうか
秋に聞いたら、それを教えてくれるだろうか
そんな事を思いながら秋の顔を窺うと、秋は何時もの優しい微笑みを夏未に向けてくれている
夏未はその表情にホッとする

「昨日……一年生が鬼道君に告白してるのを見たの」
「見たの?」
「ええ…その子、私達が待ち合わせしている場所で、鬼道君を待ってた…私達がいつも…」

夏未はそこで言葉を切る


こんなこと、口に出してもいいのかしら


そう夏未が躊躇っていると、秋が口を開く

「…言った方がいい思うよ、きっと言葉に出来なくて苦しいんじゃない?」
「…苦しい?」
「うん…何かそんな顔してるもの」
「…………」

夏未はぎゅ、と目を閉じた
そして再び目を開くと、恐る恐るそれを口にした

「彼処でしなくてもいいと思うの…」
「告白?」
「うん…だって彼処は、鬼道君と私の待ち合わせの場所なんだもの」
「そうだよね…」
「それを知っててわざわざ…って事は私にも、見せたかったのかしら…だいたい…どうして」

抑えていた気持ちが溢れて来る
それは夏未が初めて感じる訳のわからない感情
不安と、焦りと、鬼道への想いと…あの一年生への怒り

そう、怒り

「私、分かってるつもりだったのに」
「……何を?」

秋の声が優しく心に染み込んでいく
話しても良いよ
言葉にしても良いと、言ってくれているかのようだった

「鬼道君のこと…他の女子が彼を好きになったり、ファンクラブを作ったりする事に嫉妬するなんて時間の無駄だって」
「うん」
「だってそれは個人の自由だし、その想いを止める事は出来ないわ」
「そうだね」
「でも…」
「………」
「…………」
「夏未さん」

秋が自分を見詰めている
その負の感情を吐き出してしまった方がいいよと、無言で伝えてくれている

「き……鬼道君とお付き合いしてるのは、私だわ」
「うん」
「それを知ってて、どうして告白したり出来るの、どうしてわざわざあの場所で告白するの?まるで私に」


鬼道君を好きなのは私だけじゃないんだって


「分からせようと、するの」
「……」
「さっき言った事は建前だって、分かったの…本当は、そうやって自分を律していないと私」

夏未の瞳からぽろ、と涙が零れた

「嫉妬でおかしくなりそう」
「夏未さん…」
「でもそんな自分も嫌なの嫌いよ…鬼道君を独り占めしておいてそれでも、満足出来ない自分が居るなんて認めたくない、他の誰かが鬼道君を好きになる事すら認めたくない自分が、嫌だわ…なのに、わたし」

夏未は両手で顔を覆う

「どうしようも出来ないの…あの子が許せないわ…!!」
「鬼道君がその子を振っても、そして鬼道君にどんなに好きだ、って言われても、だよね?」

夏未は顔を覆ったまま、こくりと頷いた


こんなに醜い自分と向き合ったのは、初めてだった
それは心の奥深く、夏未が必死に抑えて隠して来た感情

「夏未さんがそんな風に思うことって、ちっとも変じゃないよ」
「……」
「そしてね、ごめんね…その一年生の子が、わざわざ夏未さんに分からせるように鬼道君に告白したのも、変じゃない」
「……?!」
「それは、恋してるからだと思う」
「恋」
「うん…夏未さんがそんな風に自分を責めながら、その子を許せないのも…鬼道君に恋してて、自分のものだって、誰にも渡したくないって、思ってるから」
「……」
「そしてその子が、鬼道君に夏未さんと言う彼女がいて、幸せで、とても手が届かないって分かってても…自分も鬼道君を好きなんだって、2人に知ってもらいたいって思うのも、やっぱり恋してるから」
「……」
「恋って不思議だよね…本当に、頭では分かってても、感情が言うこときかない時もあって…」
「木野さんも、そう?」
「うん…豪炎寺君も、鬼道君に並んで人気者だしね」

秋は柔らかく笑った

「私も、今はこんな風に落ち着いているけれど、夏未さんみたいに告白現場を目の当たりにしたら、きっと、…」

秋の表情に陰りが見えて、夏未はその時初めて、秋も自分と同じ苦しみを抱えていると知ったのだった
秋は今までにどんな風にそれを乗り越えて来たんだろうか
いつも笑顔を絶やさず人を優しく受け止めてくれる秋も、人知れず涙を流したりしていたのだろうか

「モテるカレを持つと苦労するよね」

夏未の心配を余所に秋はそう言って屈託なく笑う
その葛藤すら、恋の糧に変えてしまうような笑顔だった


「そうね…それでも」

夏未は秋に微笑みながら、その想いを言葉にした


「……彼の隣にいたいわ」

夏未の言葉を聞くと、秋はその言葉を噛み締めるように頷き、そして呟いた

「……そうだね」





「ごめんなさいね、何だかいつも木野さんには甘えてばかりで」
「私も夏未さんには助けて貰ってる」

部室からグラウンドに向かいながら、何かを思い立ったのか秋がくすくすと笑う

「さっきの夏未さんの言葉」
「え?」
「鬼道君に聞かせてあげたいわ」
「駄目よ、益々自惚れるに違いないわ…『隣にいたい?いいだろう、居させてやる』って」
「ふふ、夏未さん鬼道君そっくり」


秋にそう言われて、夏未は思わず顔を赤くする
フィールドでプレイする鬼道を見つけ、夏未はその姿を目で追いながら再び思う


鬼道君、わたし
貴方のとなりに…ずっといたいわ…ずっと







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