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▼君のとなり(鬼→夏)


放課後の理事長室に足を踏み入れた、ジャージにマント姿の鬼道は首を傾げた
本来なら此処にいる筈の人物の姿が見えない

ぐるりと部屋を見回すと、鞄が置いてあった
どうやらまだ校内には居るようだ


理事長が不在の今日、夏未は朝から授業にも出ずに理事長室にこもりきりだった
各教科で配られたプリントなどを部活前に夏未に届けるのが、鬼道の目的だった
同じ部活だから、と言う理由で、教師達は夏未のプリントを鬼道に頼みに来る
鬼道がそれを拒みもせず受け取るのは、夏未に会えるいい口実だったからだし、クラスの連中の目の前で名指しされるのは、ちょっとした優越感をもたらすものだった

机の上にプリントの束を置くと、鬼道はもう一度部屋を見渡す
しんと静まり返ったこの部屋に、確かに夏未は居た筈だった

「……」

鬼道は何事かを考えているような表情をすると、理事長室を後にした





「やはりな」

鬼道の言葉に夏未が振り返った
そして少し疲れの見え隠れするその表情を緩め微笑んだ

「どうして?」
「さあ…何となく思い浮かんだ」
「…一日彼処にこもっていると、疲れてしまって…そんな時は此処で気分転換するのよ」

夏未は屋上を見渡して、そして其処から見渡せる風景に目をやる
それから声を上げながら部活に勤しむサッカー部のグラウンドへと目をやった

「何かあったの?」
「授業のプリントを持って来た…部活ではもしかしたら渡せないと思ったからな」
「いつも有難う…ごめんなさいね、先生方は私が居ないとすぐ鬼道君に頼むのね…」
「いや」
「直接理事長室に持って来る様に言っておくわね…迷惑でしょう?」
「いや、大丈夫だ…毎日と言う訳でも無いし、先生方だってプリント1枚でわざわざ理事長室まで足を運ぶのも、大変だろうし」
「でも」
「それに俺は全然迷惑じゃないむしろ」

其処まで言って鬼道はハッとして言葉を切った
正直「しまった」と思った
そんな鬼道を眺め、夏未はゆっくりと、小さく、呟いた

「むしろ…?」

その、甘えた様な声に鬼道の心臓がどくどくと鼓動する

そんな声を出した夏未の表情が見たかった、なのに顔を動かす事はおろか、手すりをつかんでいる手の指一本、動かすことが出来ずに鬼道はがちがちに固まっていた


……俺はどうすればいいんだ…


その瞬間は鬼道がずっと先延ばしにしてきた事で、いきなりこんな風に突然訪れるものでは無かった筈だった

ささやかな楽しみが無くなってしまうかも、と言った焦りが、いつもの冷静な鬼道をあっと言う間に崩し、更に自らの気持ちを白状せざるを得ない状況に陥らせてしまった


…言うしかない…


いよいよ覚悟を決めて、鬼道はその言葉を言おうと口を何とか開く

夏未の方へと顔を動かすと、果たして夏未は自分をじっと見つめていて、その表情は何かを期待しているような感情が見え隠れするのは絶対気のせいでは無かった

鬼道が顔を赤くすると、夏未も同じように顔を赤くして、それでもまるで、鬼道が言うであろう言葉に確信を持っているかのような表情さえ見せて目を逸らさずにいるのだ
そんな表情を見てしまった鬼道はいよいよ追い詰められた

「…………雷」

しかしその時、風が吹いた
夏にも関わらず気温が低い今日の風は、夏の制服に身を包む夏未の体を冷やし、鬼道のマントをなびかせた

夏未の視線が逸れ、その手で腕をさすった

ふ、っと緊張が解けて鬼道も夏未から目を逸らすと、夏未に知られないようにホッと息を吐いた…
そしてマントを外して脱ぐと、夏未の方へ差し出す

「…?」
「今日は寒い、これを羽織れ」
「…でも」
「いいから」

鬼道に押し切られて、夏未は鬼道のマントを羽織る
胸の前で紐を結ぶと鬼道に「どう?」とその姿を見せた

「可愛い」
「えッ!!」

肝心な言葉を言わずに済んだ事で、逆に、幾分舞い上がっているのかも知れない、と思う
そして鬼道は笑い、もう一度言った

「可愛い」

夏未は火がついた様に赤くなって、後ずさった
そしてやや鬼道を睨みながらこう言った

「ずるい人」
「何の事だ?」

ニヤリとする鬼道からぷいと赤くなった顔を逸らして夏未は再びサッカー部の練習を眺める

「練習、行かないの?」
「……」

鬼道は夏未の隣に歩み寄り、同じようにはるか下を見下ろす
手すりを掴まえている夏未の手に、自分の手を重ねて…
夏未は咄嗟に鬼道を横顔を眺め、しかし再び目線を下へと戻した

「もう少し、隣に居たいんだが」

静かに鬼道がそう言うと、夏未は赤い顔のまま、小さく呟き返した

「どうぞ、ご自由に」







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