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01.哀しみの春


 ブルーの空に綺麗な薄いピンクがよく映える。春がやってきたことを知らせるような強い風がそのピンク色を空に舞い上げた。
 まるで雪のようにも見えるそれが落ちてくるのを見ていると、先月の卒業式が思い起こされた。学ラン姿でクシャッと笑った大好きな彼がすぐそこの桜の木の下に見えるような気がして、いつもに増して緩い涙腺があっという間に緩む。堪えるように鼻をすすって上を見上げた。
 眩しい光を放つ太陽が溶け込んだ空にも…やっぱり寿くんの顔が映る。目尻から溢れだした涙を指で掬い取ってからギュッと瞳を閉じた。大好きな人の門出を素直に喜ぶことが出来ない私は酷い人間なのかもしれない。




「あらー、名前ちゃん来てくれたの!」

 寿くんの家のインターホンを押すと目鼻立ちの整った女性がドアを開けた。キリッとした眉と目は寿くんに本当にそっくりだ。

「こんにちは。まだ準備が出来てないって聞いて」
「そうなのよ。あの子ったら、寮なんだから大した準備はいらねーとか言って。余裕ぶっこいてるうちにもうこんな時期よ。っとに、だらしないんだから……」

 寿くんのお母さんは初めて会ったときからこんな風によく話してくれる。彼氏のお母さんってちょっと怖いんじゃないかなんて勝手に思っていたけど、気さくでとても話しやすくてあっという間に大好きになった。
 玄関に通してもらってお母さんと立ち話していると、二階から下りてきた寿くんが不機嫌そうにお母さんの方を睨んだ。

「おい、余計なこと言ってんじゃねぇ」
「何よ。本当の事でしょう」

 そう言いながらしれっと寿くんの方を見たお母さんの顔がよく見る寿くんの表情そのもので、ニヤけそうになって思わず口を抑えてしまう。話し方の雰囲気も似ているからこうして親子揃うと何だか寿くんが二人いるみたいに感じる。

「あー、本当に名前ちゃんにも一緒に行って欲しいくらいだわ。名前ちゃんみたいなしっかりした子が近くにいてくれれば安心なんだけどね」
「コイツのどこがしっかりしてんだ」
「しっかりしてるでしょーが! アンタねぇ! あんな風にグレてた時から大事にしてくれる彼女なんて他にいないわよ!」 
「んなこと、わーってるよ!! もうその話は止めろ!!」

 お小言はもう沢山とばかりに寿くんはお母さんを遮って私を階段の方へ押し込んだ。寿くんから言わせれば私がいない時までお母さんが言ってる耳にタコ話らしい。
 詳細は省いているけれど、寿くんのご両親に初めて会ったときに以前にも付き合っていて高校で再会して復縁したことを伝えると甚く感動してくれた。あんなグレてる時に見初めてくれる子なんて他にいない、なんて言って私の事を凄く気に入ってくれている。

 寿くんの部屋に入ると、荷造りをしているせいか随分と物が減って寂しく見える。造ってあるダンボールの横に置いてある服を手にとって寿くんを振り返った。

「あとこれだけ?」
「ああ、あとこっちも」

 寿くんが指した小物や靴なんかを新聞紙や袋で綺麗に包んでからダンボールへ黙々と詰めていった。
 この靴、前のデートの時に履いてた靴だ。これはいつも使ってたパスケースだ。一つ一つにそんな風に懐かしさを感じて寂しさが込み上げていく。

「何ボーッとしてんだよ」
「あ……ごめん。もうここに来ることもないんだな、と思って」

 大方の梱包が済んだ部屋を感慨深く思いながら見渡していると、寿くんから顔を覗き込まれてしまった。土日は部活が終わった後はどちらかの家に行ってまっまりするのが定番だった。
 だけど……もうそんな風に過すことは無いんだ。

「バカ。休みの日にはたまに戻ってくるし二度と来ねぇみたいに言うな」

 冬の選抜にかけていた寿くんは努力の甲斐あって、他県だけどとある大学から声がかかった。インカレ上位常連の強豪校で、この話がきたときは2人で手を取り合って喜んだ。
 だけど、日が経つに連れて徐々に喪失感が募っていった。決して凄く遠いと言うわけではないけど、家から電車で軽く二時間半以上の距離になることもあり寿くんは大学の寮に入ることになった。家から通うにしたって、生活リズムは今とガラッと変わってしまうだろう。何方にしても、私達は今までみたいに毎日のように会うことは叶わなくなってしまう。そんな事実がじわじわと私の中に染み込んでいって、最近は寂しさで心の中がいっぱいだった。

「そんな顔すんなって」

 私は今、どんな顔をしているんだろう。本来は笑って送り出してあげるべきだと分かってる。そんな大した距離なんかじゃない。寿くんを困らせちゃいけない。前に向かってる寿くんの足枷なんかになっちゃいけないんだから。
 髪を撫でてくれていた寿くんの手を私の頬に添えるように持ってきて、寿くんの顔を見上げた。

「ちゃんと会いに来てね?」
「あぁ、ちゃんと来る」
「電話もしてくれる?」
「するよ」
「浮気しないでね」
「するわけねーだろ!」

 甘ったれたことばかり言う私の頬を両手で包んだ寿くんの目は少し怒っている様だった。彼は一度小さく溜息をついてから、呆れた様な顔で私をジッと見つめた。

「お前な、俺がどんだけお前の事好きか……」

 そこまで言ってハッとしたように黙り込んだ寿くんの頬は赤く染まっている。復縁してから約8ヶ月。照れ屋な所は相変わらず変わらない。

「どれだけ好き?」
「……すげー好きだよ。他の女なんか目に入んねぇ。だから心配すんな」

 そんな彼がこうしてちゃんと言葉にしてくれるのが嬉しかった。幸せだった。……だからこそ、やっぱり寂しかった。

「寿くん大好き」

 寿くんの首に手を絡ませてキスをすると、すぐに彼の舌が入り込んで私の思考を溶かしていった。
 そうして何度も角度を変えながら夢中でキスをしていると、寿くんの手がするりと私のニットを捲って背中を撫で始める。あっという間にブラのホックが外されて寿くんが私の上に覆い被さった。

「ねぇ……ダメだよ。荷造りは?」
「もう殆ど終わったろ」
「下にお母さんが……」
「声抑えてろ」

  もう黙ってろと言わんばかりに寿くんに再び口を塞がれて、彼の手に撫でられた体はすぐに熱を帯びていった。
 私を柔らかく触る彼の指も。少し強引だけど激しくて愛情を感じるこの行為そのものも。それらを私自身に刻み付けるようにしながら寿くんの熱を感じ続けた。

 その日の翌日から寿くんは大学の寮に入寮。私達のプチ遠距離恋愛がスタートした。

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