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遅く起きた元旦の朝


 
 強い眉を下げ口をぽかんと大きくあけて寝ているあどけない寝顔をちょんと撫でる。顔も整っていて背も高いし、見た目だけでどうこう言われるのは嫌だろうけど、お世辞抜きにしてめちゃくちゃ格好いいと思う。もちろんルックス云々以前に情に厚くて頼り甲斐のあるところもとても魅力的だ。そんな彼のこんな無防備な姿が見られるのは彼女の特権に違いない。その大好きな人の寝顔を眺めながら、今度は顎のところにある傷跡をなぞった。
 だけどそろそろ目を覚まして欲しい。この時間も至福手ではあるけれど時は無限ではない。ベッドで大の字になっている体に馬乗りに跨がってみれば、気持ち良さそうな寝顔がくしゃっと歪んだ。

「時計見て、寿くん」
「あー……?」

 薄く目を開けた寿くんはすぐ近くにある置き時計をチラリと見た後、ガバッと掛け布団で顔を隠してしまった。
 
「なんで?! もうお昼近いよ! 起きてどっか行こうよ」

 いつもよりボリュームを上げた私の声に、「あー」とか「んー」とか適当な相槌を返すものの彼は布団から顔を出してはくれない。

「今日は元旦!! ニューイヤー! 初詣、行こうよ!」
 
 年明けの瞬間に挨拶は済ませたけれど、せっかくのお正月に寝てばかりいるのは勿体ない。食べ物ならお節にお雑煮。出掛けるのなら初詣、そして福袋狙いの買い物。やることはいっぱいあるのだ。
 それなのに布団の中から聞こえてきたのは小さな「めんどくせぇ」という声だった。思わず両手でドン、と彼の胸を叩いてやると、飛び上がるように寿くんが布団から顔を出した。

「いって!! おい、本気で殴んなって!」
「無駄にぶ厚い筋肉ついてるんだから強く叩かなきゃダメージないでしょう」
「無駄じゃねーよ。大いに役立ってんだよ、この大胸筋はよ」

 力持ちポーズをした寿くんの筋肉講座が始まってしまったので私は彼の口の前に人差し指を立てた。とてもためになる話だろうけれど、今はそんなもの望んではいない。

「それよりも出掛けよう。ごろごろしてたらあっという間に一日終わっちゃうよ」
「バーカ、正月こそごろごろすんのが醍醐味だろ。わざわざ激混みの神社に突撃しに行っても後悔するだけだぞ」
「やだやだやだやだ! 初詣! おみくじ! 御守り! 福袋っ!」
「ったく、どこのガキだよ。イヤイヤ期か」

 指で耳栓してそっぽ向いでしまった背中をポカポカと叩いていると、急にグルンと視界が上を向く。いとも簡単に押し倒されてしまった体はさっきの彼みたいに馬乗りされていた。上に跨る男は勝ち誇ったように私を見下ろしている。 
 
「まー、それはそれとして。正月だからこそ仲良くいちゃつくのも悪くねーんじゃねーか」
「そんな都合の良いこと言って、外に出たくないだけでしょ」
「んなことねーよ」

 ゆっくり下りてきた彼の唇を受けとめて、やわらかな熱を感じるべく目を閉じる。互いの指を絡み合わせていれば、いずれ啄むキスが深くなる。何度も重ねたそれが首筋へと流れていったころにはそれも悪くないと思っている自分がいた。
 なにもお正月に拘らなくたって寿くんといられるだけで幸せじゃないか。仕事でなかなか予定が合わなくて久しぶりに一緒に過ごせる長期連休。デートなんてしなくたって、お正月らしいことしなくたって。
 …………。 



「だめ! やっぱり初詣!」

 今日という日は二度と帰って来ない。元旦に行く初詣も彼と過ごす時間も全部全部大切だ。私の必死な顔に、大声に面食らっていた顔が呆れた笑みを見せた。

「イチャイチャは夜に取っておこう。時間はたっぷりあるから」
「人混みなんて行ったら体力削がれちまうじゃねーか」
「大丈夫だよ。三井寿は初詣行くくらいでヘバるような男じゃないでしょう」

 上等じゃねーか。勝ち気に笑った彼と手を繋いで初詣に出掛けた遅く起きた朝。

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