momentum+






二人一緒に遅く起きた朝


 
 目を開けると入ってきた眩しい光が今の時刻を知らせていた。気怠く重い体を持ち上げて、入ってくる光を遮断すべく中途半端に開いたカーテンをシャッと閉じる。
 あと少し、もう少しだけ。寝過ぎたことは十分に分かっていたけど私は再び布団の中へ潜り込む。どうせならばとまだ静かに寝息を立てている人にピタリとひっついて、惜しげなく露出している分厚い胸板に手を伸ばす。すっかり見慣れてしまったとは言え、目の前にこんな逞しい体があればやっぱりドキリとする。しかも自分が昨夜この太い腕の中にいたのだと思うと尚更だ。
 胸の上に置いていた手に自分の頬を乗せて、聞こえてくる穏やかな鼓動に目を閉じる。あぁ、幸せだな。このままもう一眠りしちゃおうかな。トクトクと響く一定のリズムと彼の体温が心地良い。
 だけどその前にもう一つだけ。ゆっくり体を起こして唇にちょんちょんと指を触れてみる。筋肉質で硬い体とは違って柔らかいその感触を確かめながら、自分の唇を静かに近付けていく。ふに、と僅かに触れ合ったそこからすぐに唇を離すと、彰くんの口元がにっこりと弧を描いた。 

「エッチ」 
「お、起きてたの……!」
「んー、ちょっと前から」
「起きてたなら言ってくれればいいのに」
「なんか可愛いイタズラしてるから暫く様子見てようかなって」
 
 バレて困るようなことをしていたわけではないけれどやっぱり気恥かしい。寝ていると思ってたからしたわけで、そもそもキスなんて立っていたら身長差がありすぎて自分からはしたくても出来ないのに。
 分厚い胸板にもう一度頬を寄せて顔を隠せば、彼が私の頭を優しく撫でる。未だに穏やかなリズムを刻んでいる鼓動が憎らしい。付き合ってけっこう経つからと言われればそれまでだけど、彼は私にドキドキしたりすることはあるのだろうか。私ばかりが彰くんのことを好きで、私ばかりがドキドキして、彼に翻弄されている気がする。それこそ付き合う前からずっと。

「もう終わり? もっとしてくれていいぜ」

 チョンと自分の口元を指した彰くんに私はフルフルと首を振る。そんな風に待ち構えられてしまったら余計に恥ずかしいじゃない。
  
「じゃあ今度は俺がしちゃおっかな、イタズラ」

 そんな言葉が落ちてくると、瞬く間にくるんと視界が変わった。彰くんの胸の上にいたはずなのにベッドに横たわっている私は彼と天井を見上げている。
 下りてきた唇が私に触れると、ちゅっと小さくリップ音が響く。何度もそうして啄んでいた唇が私の下唇を食むと、私は堪らず小さな息を溢した。そうすれば僅かに開いた唇の隙間から舌が捩じ込まれる。歯列をなぞり入ってきたそれが互いに絡まり合うと、途端に意識も思考もとろんと溶けていってしまいそうになる。

「ねえ彰くん、もう朝……というかお昼近いし」
「うん」
「いつもより遅いし……あの、」
「昨晩も頑張りすぎちゃったもんな?」

 さっき自分がしたのとはあまりに違うキスから口を離して異を唱えてみたけれど、口から出てきた言葉はあまりに拙いものだった。子供の言い訳を聞くみたいに彰くんは優しく笑う。あぁ、ダメ。その瞳に見つめられるとなにも考えられなくなってしまう。

「俺はもっと名前とくっついてたいけど、名前はちげーの」
「くっついてたいよ」
「キスもいっぱいしたいしその先も」
「……うん、」 

 なにか強い魔力でも秘めていそうな深くて優しい瞳を見つめながら私はコクリと頷く。本当に子供みたい。私はこの人の手のひらなかで軽々と踊らされているような気がするのだ。
 だけどそれでもいい。その愛情の大きさに疑問を抱こうとも、私はこの瞳にずっと見つめられていたい。

「名前」

 笑みを湛えたままの唇が私の名前を呼ぶ。見つめていたら吸い込まれそうな深い海みたいな瞳で私を捉えながら。
 そっと優しく口付けた彰くんの顔が耳元に近付いてくる。 
 
「好きだよ」
「わ、私も……すき」

 ふ、と笑みを溢した吐息が耳に触れる。それだけでゾクリと粟立った体を見透かしたように、彼の指が私の曲線を撫でていく。「名前可愛い」と熱を帯びた声と視線にうかされながら。

 そうして私はまた、彼の手で彼の望むままに乱れていく。

return


- ナノ -