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01.わたしの幼馴染


 
「ずっと前から好きでした」

 マンガとかドラマにあるような告白シーン。真剣な眼差しの下にはほんのり色付いた頬。真っ直ぐで誠実な恋心が、まさか自分に向くだなんて思ってもいなかった。
 こんな風に想いを告げられることが増えたのは、中学に入ってからだ。
 
「ごめんなさい。誰かと付き合うとかそういうのはまだ考えられないの」
 
 真っ直ぐな言葉には偽らざる言葉で答えたい。断り文句だろうと目を逸らさずに真っ直ぐに言葉を返せば、その人は大きく息を吐いてしゃがみ込んだ。
 
「……だよなぁ、やっぱ仙道に勝てるわけないか」
「あき……仙道くんは関係ないよ」
「いや、分かってるよ。あんなのが近くにいたら俺らなんて眼中に入んないって」
「だから違うってば、聞いてる?」
「いいんだ、最初から玉砕覚悟だったし」

 勝手に自己解釈してくれちゃって、妙にすっきりした顔でその人は去って行ってしまった。一方でそこに残った私は告白された側だというのにモヤモヤと釈然としない気持ちが残る。

 なぜって、入学以来こうなのだ。言葉を変え、形を変え、どのパターンであろうと告白してきた人は口を揃えて「彼」の名前を出す。
 
 ──彼、仙道彰は私の幼馴染だ。 

 

「あだな!」
「……っ!」

 教室に響いた明朗な声と引き戸の向こうに見えたツンツン頭。ぎくりと引きつった私の顔とは反対に、クラスにいる大半の女子が色めき立った。

「なに隠れてんの、いるなら返事しよーぜ」
「……なにか用」
「現国の教科書忘れちゃってさ、あだなに貸してもらおうと思って」

 なんの気なしにシレッと教室に入ってきた人はニコニコしながら私の机の前に座る。
 とても人に物を借りに来た態度でないのはこの際置いておこう。目がハートになっている女子が此方を見ているのが彼は見えないのだろうか。いや、そんなことはない。この人は分った上で私のところに来ているのだ。そんなことおくびにも出さず私に笑いかけてくるのだから、憎たらしいったらない。
 
「彰くんは忘れものせずに登校することってないわけ」
「ちゃんと準備はしてるつもりなんだけど、あだながいると安心しちゃうのかなぁ」
「だったら私はいないほうが良いみたいね。彰くんがまともな学校生活を送るためにも」
「なに言ってんの、あだながいなくなったら俺が困るよ」

 こんなことを朗らかに笑いながら言うのだから彼はたちが悪い。いくつかのピリっと刺すような視線が私に向いているのを感じながら私は大きな溜め息を吐いた。

「わざわざ6組まで来ないで他のクラスの男子に貸してもらえば解決じゃない」
「あだななら返し忘れても家に行けるだろ」
「私は彰くんの便利屋じゃないのよ」
「参ったな、そんな風に思ってねえよ」

 いつまでもこんなやり取りをしていても時間の無駄だ。それは十分に理解しているのだけど、文句の一つ二つ言ってやりたくなる私の気持ちもわかって欲しい。だってこの人ってば、毎日のようにこうして私のところへ現れるんだから。
「次はないからね」そう念押しして教科書を出せば彼は来たときみたいな爽やかな笑みを見せて去っていった。だけどきっと同じように明日も此処に来る。
 どっと押し寄せてきた疲労感に思わず机に突っ伏せば、ぞろぞろと私の周りに誰かが集まってくる気配を感じた。……そうだ、まだ面倒なやり取りが残っている。

「ナマエちゃんて、本当に仙道くんと付き合ってないの?」
「何百回も聞かれた質問だけど、付き合ってないよ。ただの幼馴染」

 言葉通り幾度となく聞かれていれば答える方も自然にテンプレートが出来上がる。今日ももれなく同じ文句を返してあげれば、彼女達は安堵の溜め息を吐く。人を変えようとだいたいこの反応は同じだ。
  
「だからあんなに親しいんだ」
「仙道くんが幼馴染なんて羨ましい」
「だよね、私も幼馴染になりたい」
 
 そうでもないよ。言ったところで盛り上がる材料にしかならない言葉を飲み込んで、私は苦笑いを返した。

 彼、仙道彰は同じマンションで隣同士の部屋に住む生まれたときからの幼馴染である。それこそ赤ちゃんのときからの一緒に遊んでいたのだと親からも聞かされている。
 幼稚園も一緒、もちろん小学校も一緒。クラスが離れたって二人で登下校して、帰ったらどちらかの家に行って遊んだ。あの頃の私たちは幼馴染と言うよりも、親友と言った方がしっくりくる間柄だったと思う。それほど仲が良かったのだ。
 



 カラカラ、と静かに窓を開けてベランダへと下りると、通り抜けていった春の風が湯上がりの体を少し冷ましてくれる。見上げれば星空が、目下にはいつも通る見慣れた景色がある。この景色を見て思い出すことと言えば泥だらけになって遊んだことや毎日のように一緒帰った思い出。どうしたって思い出してしまう幼馴染の存在から目を逸らしたくて、外の空気に当たりたいときは專ら空を見上げていた。
 何をするでもなく、無限に広がっている空をただ見つめる。チカチカ瞬く星や流れ星なんかがあればもっと穏やかな気持ちになれるのかもしれないけど、生憎東京の空には小さな小さな輝きしか見えない。それでも心を無にしてくれるこの時間が私は好きだ。 
  
「あだな」

 真隣の窓を開ける音と続けて聞こえた私を呼ぶ声。確認するまでもなくわかる声の主に私は大きく溜め息を吐く。静かに出てきたのにどうしてわかったのだろう。

「彰くんて本当に私がいるとこいるとこに現れるのね」
「冷てーなぁ。小学生のとき彰くん彰くんって俺の後ろついて回ってたの誰だったかな」
「私はもう小学生じゃないの」
「知ってるけど、昔っから一緒にいる幼馴染には変わりねーだろ」

 確かに幼馴染に違いない。だけど異性である私たちがいつまでもくっついているのはおかしいのだ。これは中学あがって徐々に浮き彫りになってきた答えだと思う。私たちの心も体も成長すれば、自ずと周囲の見る目も変わる。だから私も変わらざるを得なかった。
 ずーっと変わらないのは昔のまま私に接してくるこの人だけ。
 
「これ、あだなの分」

 ベランダの部屋と部屋を区切る隔て板越しに彰くんの手が伸びてきた。彼がぷらぷらと見せてきたのはスイカのパッケージのアイスだ。
  
「あだな好きだろ、それ」

 カットしたスイカそのものみたいな見た目のアイス。種に見立てたチョコまで入っていて、昔からの大好物の一つである。それをよーくわかっているのはやはり幼馴染故だと思う。なんとなく悔しい気持ちを抱きつつも好物には勝てはしない。
 無言で受け取りパッケージを開けてアイスに齧りつく。私の緩んだ頬を見た彰くんの嬉しそうな顔は、悔しいから絶対に見ないでおこう。

「そういえば、また告白されたんだって?」

 アイスが少なくなってきてどう食べようかと棒を動かしながら試行錯誤していたとき。彰くんが唐突に言った言葉に私は顔を顰めた。 
 
「……なんで知ってるのよ」
「俺のクラスのやつ。フラれたーって騒いでたから。相変わらずモテるな、あだなは」
「彰くんに言われたくない」

 なんでこの人は自分のことを棚において話すんだろう。彰くんと比べたら私なんてモテる内に入らない。小学生、いや幼稚園のころから人たらしではあったけど、今はその比ではないと思う。バスケを始めたのがきっかけか、それとも急激に伸びてきた身長のせいか、はたまた元からのそのルックスによるものか。とにかく彼の女子人気は恐ろしいくらいに凄い。これも私が彼から距離を取りたい要因の一つだったりする。
 
「なんで誰とも付き合わねーの」
「彰くんだってそうじゃない」
「だって俺にはあだながいるし」
「そういうこと言ってるから勘違いされるのよ。本当は付き合ってるんじゃないかって耳にタコが出来るほど言われるんだから」

 彰くんにとってみれば通常運転の発言に呆れつつ、それを嗜めれば何故かハハハと明るい笑い声が返ってきた。
  
「あだな流に言えば、付き合っちゃえば解決じゃねえ?」 
「冗談はやめて」
「冗談じゃねーのに」
「今さら私にそんな感情ないでしょう」
「付き合ってみたらお互いに変わるかもしんねーだろ」

 何年一緒にいてもこの人の本心がどこにあるのかわからない。というよりも、分からなくなってしまったというのが正しいかもしれない。逸らさず真っ直ぐに私を見る目は偽らざる気持ちを伝えてくれているように見えるけど、それを真正面から受け取ってしまえば泥濘みに落ちてしまう気がするのだ。
 瞳を逸らして手元を見ると、残り僅かだったアイスが溶けてポタポタと雫を垂らしていた。
 
「あだなもさ、そろそろ俺のこと男だって意識したほうが良いと思うぜ」

 言われなくたって十分すぎるほどわかってる。そう返してやろうと上げた視線は、彼が指差した方向を辿り自分の胸元へと落ちていった。 
 
「俺的には美味しかったけど」
「……っ!」

 キャミソールに大きめのカーディガン。お風呂上がりの無防備な格好を慌てて手で覆い隠した。
 
「サイテー!」

 ピシャッと窓を閉めて私はその場へへたり込んだ。

 
 やっぱり、幼馴染と恋愛だなんてあり得ない。

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