彼女が僕を頼り始めたのは彼女の犬が死んでからだった。それまでは友達の友達というぐらいの距離感で二人で過ごすこともなかったし、学校で顔を合わせても会釈する程度だった。

「貴方はタロに似てるの」
僕の手を握りながら彼女は見上げて言った。
「犬に似てるって言われてもなあ。言われるんならイケメン俳優とかそういうのに例えて貰えると嬉しいんだけど」
「私にとってタロは最愛の存在だったの」

彼女がタロのことを大事に思っていることは知っていた。知り合ってばかりの頃、僕と会話することはほとんどなかったけれど何人かでご飯を食べていると彼女は犬の話ばかりしていた。いつも内容は大きく変わらなかったけれど誰も文句は言わなかった。普段、笑わない彼女がこの時だけ楽しそうに笑うからみんなその姿に和んでいたんだと思う。

「まあ、それは知ってるけど」
「そこで知ってるけどって言うのって私に失礼よね」
「いや、犬と人間は違うんだって」
「・・・・。またそうやって。ひろくんは・・・」
「ごめん。君がタロにこだわりすぎるから」
「・・・タロは私の家族だったから」
いつの間にか彼女の目から涙がこぼれていた。声にならない声で泣いていた。
「俺が悪かった」
「ひろくんは悪くない」
「・・・・いいよ。お前にとってタロは大切だったんだろ」
「まだ、私ね。前に進めないの」
小さく小さく彼女はつぶやく。
「・・・タロはいつでも私の傍にいてくれたの。言葉なんてなかったけど暖かかったし、いつも元気でいなくならないと思ってた。どこかでは知ってたよ。犬と人間は生きる長さが違うって、だけど先に居なくならないって信じたかった」

涙で濡れた彼女の手を握り返して僕は彼女を抱きしめた。小さくて冷たかった。

「・・・・タロがいなくなったあと、私の日常は大きく変わったの。学校生活の中にタロが居たわけでもなかったのに違う世界に見えたの。今まで見えなかったものが見えた気がした。ひろくんを見つけた」

「名前が似てたからっていうのはやめてくれよ」
場違いなことを言ってしまったかなと言葉にして後悔したけれど彼女はクスっと笑って腕の中でもそもそしながらつぶやいた。

「そうだね、名前も似てるけどやっぱりみんなといるときのあなたを見て思ったの。言葉数少ないけどあなたがいる空間は暖かくてタロのことをふわって思い出せたの」
「うん」
「ああ、この人といたらタロのこと忘れずに前を向いて歩いていけるかなって」
「まだ、俺は・・・タロには勝てないかな」

「ふふ」

何か企んだように微笑むと僕の腕から抜け出して自分の頬に僕の手を持っていく。
彼女の涙で冷たくなった頬を僕が撫でる。温もりを彼女の頬が吸い込む。
タロは彼女に愛されていたんだなとしみじみ思いながらそのタロと重ねてもらえる自分が少しだけ誇らしい気がした。結局は・・・犬に勝てないから負け惜しみのようでもあるけれど、それでも彼女の笑顔と涙を独り占めできるのは今は自分だけだぞとタロの写真を見ながら笑って彼女を強く強く抱きしめた。幸せだと思った。




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