変わらない毎日を愛おしいと思えるようにしようと意識し始めて早半年が経つ。生きることが楽になったような気がしたけれど、それを得るのと同時に沢山のものを失った。犠牲にした。

「私、頑張るから」
「無理しなくていい。自然に生きるためにはそれじゃだめなんだよ」
「どうして?そういう駆け引きや譲り合いがあるからこそ…」
「そこがもう間違ってるんだ」

目を伏せる彼女は幼い子供のようだった。僕の服を引っ張って甘えるような素振りを見せる。可愛いと思ったけれどその気持ちは愛おしさとは違っていた。時間が何かを変えてしまったのだろうか。
窓際、君の髪の毛とカーテンが同じように靡いている。彼女の髪の毛の甘い香りを鼻で捉まえてため息をついた。

「嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「なんで嫌いじゃないのに」
どうしてと彼女が言葉を続けようとしたとき、僕はその言葉を遮るように呟いていた。

「嫌いにもなれないからさ」

自分の言葉が彼女を傷つけるかもしれないとどこかで分かっていたけれど本当を出来るだけ柔らかく伝えたつもりだった。結局、それは僕の中でのつもりでしかなかった。
頬に電撃が走る。

「私は貴方にずっと合わせてきたつもりだったの。よくわからないところもなんとなく話し合ってれば通じ合えるかなって思ってた。それだけの気持ちだったんだね」

僕が頬を冷たくなった手で冷やしていると彼女の泣いている声が聞こえた。
多分、切り離されていたのかもしれない。大事なものだったはずなのにそれが当たり前になってその当たり前を目で追うだけだった。

「君から見たら僕の思いはちっぽけってことか」
「・・・」

沈黙が今までの言葉を冷たいものにしていくような気がした。言葉は喉の奥でふらふらと沈んだり浮いたりしていた。

「比べる必要のない思いもあるんだよ」
「私は・・・あなたを何よりも」
「押しつけがましいよな」

やっと零した言葉もきっと溝を深くさせるだけのものだった。きっと半年前から壊れることはわかっていたのかもしれない。こんなにも静かで乾いた気持ちが僕の中で膨らんでいくのだから。

「さよなら」
「ああ、そうだね」

僕は待っていた。自分が悪者になるのが嫌だったのかもしれない。彼女からその一言を引き出すために随分遠回しのことをした。関係を壊したいわけではなかったけれど続けたいという気持ちもなかった。

鋭い視線を感じながら自分の中で区切りをつけるための謝罪をした。
言葉にならない彼女の嗚咽が響いた。僕は自由になった。




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