「私さ、ずっとずっと浮気してたんだ。知ってたでしょう?なのにどうして一緒にいるの」

僕が玄関をあけると「ただいま」の代わりに彼女が呆れ顔で呟く。
顔を合わせてくれなかった。
彼女とは付き合って三年で同棲して一年になる。

「君がそれを望んでいる気がしたからだよ」
「嘘つきと一緒に居たいと思うの?」

背中を震わせて泣いていた。傷つけられたのは僕のはずなのに彼女がそれを全部吸い取ったかのようだった。僕は彼女の後姿を見つめながら靴を脱ぐのをやめて「ちょっとコンビニに行くよ」と外に出て静かにドアを閉めた。

彼女を理解しようと努力したけれど僕には出来なかった。このままじゃ、コンビニについたらそこから出られなくなりそうな気がして苦笑した。
悪いと思いながらも何かに執着し癒しを求める。隠して相手がどう思っているかなんて考えなければいいのに。僕が気付いてることに気付いているのならそれは容認されたものだということを知って欲しかった。諭されることを愛だと思っていたのだろうか。
僕はそんなものに気が引かれるタイプではないのにこんな長い間一緒に居てそれも感じとることもできなかったんだろうか。

情熱的に相手を求めることだけが好意の表現ではない。僕にない部分を彼女は他人に求め埋めていたんだろうね。努力していないわけではないけれどどうあがいても埋められない物があることを知っていたから知っていたけれど仕方のないことだと思ったんだよ。

コンビニで時間を潰していたら彼女が追ってきて話の続きが始まる。帰り道、彼女はまた同じことを聞く。掘り返さなくてもいいことじゃないかと僕がため息をついたのに何も感じ取る気はないように言葉を投げかけてくる。

「いいや、君は嘘つきってわけではないんじゃないかな。結構素直なんじゃない?自分の行為に罪悪感を持っているみたいだし」
「いつも貴方は他人事みたいに言うよね」
「僕と君は恋人同士だけれど結局それって関係の名前であって僕ら単体は他人だよ。変に指摘する必要もないと思うんだけどな。好きであることは自由で制限することもないけれど相手の生活を脅かしていいわけではない」
「他人って言いたいの?」
「僕は君を好きだからその為に自分なりに考えて行動している。君も僕を好きだとして言葉にしなくても考えていることあるだろう?でも埋められない感情を他人で埋めた。僕が言いたいことわかるかな?」
「私を好きだから浮気をしなかったってこと?」
「そうだね。だから結局、言葉が同じでも大きさは違うし、君は自分が裏切ったと知りながらも自分は僕を好きだというような素振りを見せるよね。なんだろうね、お互いの基準が違いすぎるんだと思うよ。浮気は仕方ないにしても考えの基準が違いすぎるってことはまた繰り返すだろうね。僕は君は好きだけど僕らは一緒に居ても辛いだろうね」

今日朝降った土砂降りのあとが水たまりになっている。
街灯が映ってゆらゆらしている。

「さよなら?」
「とりあえず、恋人はやめよっか」
「・・・・・・・・」

彼女は泣きながら僕の手を握った。

「ないものを他人に求めるのは悪いことじゃないよ。僕がどうあがいても君にあげられない物は沢山あるからね」

手を握り返してすぐに緩める。人通りの少ない夜の道、見上げた空には月が浮かんでいた。それから家に着くまで何も話さなかった。

数日後、部屋が広くなった。あんなに泣いていた彼女も次の温もりを見つけたのかどうかわからないけれど案外あっさりと居なくなった。僕は彼女が家に残していったものの整理を始めた。





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