ある日、大学の後輩に誘われて美術館へ行った。
いつもならデートの誘いなんて面倒臭いので断っていたのだが今回は珍しく気が向いたのだ。
彼女には申し訳ないが暇つぶしに付き合うことにした。
彼女は少し変わった女の子だった。年齢的には女性というべきなのだろうが見た目や言動から考えると女の子というほうが正しいような気がした。
美術館の中を二人で歩いていると殺風景な街角に座る一匹の猫を描いた柄の前で彼女が立ち止まる。そして私にこう言った。


「つれてって」
「どこへ?」
「遠く、ずっとずっと誰も知らない場所へ」
「一人で行けばいいだろう」
「貴方じゃなきゃだめなの」

彼女は潤んだ瞳でそう呟くと私の手を強く握った。
握り返そうと思ったがやめて目を逸らした

「ここに居たいんだ」
「私が嫌いだからそういうの」
「いいや、違うよ」

彼女の手はとても冷たくて小さかった。
まるで子供の手を引いているお父さんのような気分だった。

「じゃあ、どうして?」
「うーん、どうしてだろうね。逆に聞くけど君はどうして遠くに行きたいの」
「貴方と二人っきりでいたいから」
「へえ。それはしんどいな」

さっきより、強く握られる手に戸惑いながらも握り返すことはしなかった。私に向ける彼女の視線が鋭くなる。

「最低。私の反応を見て楽しんでるの」
「違うって、二人っきりって結構しんどいよ」
「・・・・・何人がいいの?」
「ひとり、かな」
「貴方のこと優しいと思った。だから私と二人でいてくれるんじゃないかって」

「優しい・・・か。そうそう、どうしてこの絵の前で?」
「・・・貴方に似ていたから」
「ふーん。イメージは当たってるかもしれないけれど、本質的なものからはずれているね」

「・・・・」

彼女は少しの間、下を向いて考えているような素振りを見せてくすっと笑うと「やっぱり私は貴方といたい」と握った手を離して呟いた。

「それは無理だな。お互いの価値観が違いすぎる」
彼女を絵の前に置き去りにして歩き出す。
振り向くことはしなかった。

彼女は追ってこなかった、声すらかけてくれなかった。
その後に連絡をくれることも顔を合わせることもなくときが過ぎた。

気がつけば美術館に行くのことが日課になっていた。
そして、あの言葉を思い出しながら、猫の思いを探ってみる。


街角の猫は相変わらず隅っこで座っているのに、何かが違う気がした。
変わらないものの中で生まれていくものは新しさを求め着色する。
変わらないことに安心しながら結局、変わり行くものに喜んでいた。




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