ある夜のことです
すっぽんは月を眺めながらため息をつきました。すると月が言いました。

「久しぶりに顔を見せたかと思った浮かない顔をしてどうしたのかい?」
「僕ってそんなに醜いのかな」
「どうしてそんなこというのかい」

すっぽんは苦笑して言います

「月とすっぽんって言葉を知らないのかい」

月はハッとしました。でもちょうどいいタイミングで灰色の雲が月を隠してくれたのですっぽんには気づかれませんでした。

「知っているよ」
「君は美しいよね」
「私は太陽が居ないとここには存在出来ないの」
「でも美しいだろう」
「貴方は一人でもここに存在できるでしょう」
「そうかなあ」

すっぽんは、湖に映る月の反射した光の中に入りました。

「貴方は美しさにこだわるの」
「そうじゃなくて」
「誰も貴方を醜いと言っていないわ」
「…」
「私を美しいと誰かが言ったとしても、ただ貴方より美しく感じただけでしょう。醜いと勝手に思ってるのは貴方じゃないの」

すっぽんは月の黄色い光が揺れる湖面を軽く叩いて何か言いたそうな顔をしました。

とても静かな夜です。
いつもなら鳴いている蛙も月に見とれている間に寝てしまったのでしょうか。鈴虫や蟋蟀、轡虫、きりぎりすの音楽隊も月を眺めて歌うのを忘れているのでしょうか。

「だから、自分で自分を定め過ぎては駄目よ。言葉は広い意味を持つから。もっと転がしながら見てみるの。貴方は…」
「ありがとう、もうこれ以上の言葉はいらないよ。そしたら調子にのってしまう。これぐらいにしておいてよ」
「そうね」
「やっぱり貴方は美しいよ。誰もが今日、貴方を眺めて慌ただしい時間の流れを忘れるんだろうね」
「上手いこと言うのね。私も結局、偉大な太陽がバックにいるから夜だけ…そう彼が別の場所で働いてるからその代理でいるのよ」
「こんな素敵な代理がいるなら太陽も安心して仕事が出来るよ」
「そうかしら。私はいるだけなんだけどね」
「いるからこそ、今ここに光があるんだよ」
「そうね」

月が照れ臭そうに雲に隠れるとすっぽんは微笑んで「時には日中も顔を出して太陽さんに挨拶してみますよ」と言いました。

「例えの捉え方が大切よね」
「そうですね」
「太陽さんによろしく言っといてね。私達なかなか会えないから」
「わかりました。私はそろそろ」
「ありがとう」

ちゃぽん、音が静かな湖に響きます。とても愉快な音。小さな音なのに耳が拾って逃がさない心に残る音。

月は湖に揺れる黄色い自分の姿を眺めます。そして、深くなっていく夜を過ごすのです。

時々、

「ちゃぷんちゃぷん」
「けろけろ」
「りんりん」
なんて無邪気に自分にしか聞こえないような声で歌いながら。







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