『――…、』


明くる日の明け方。
観月は体に感じる圧迫感に意識を取り戻した。

まだ薬の効果が残っているのか自らの意思とは反対に閉じようとする瞼を懸命に持ち上げ、観月は辺りの様子を窺う。

そして周囲に人の気配がない事を確認すると、観月は袖口に仕込んでいた折り畳み式のナイフで、自らの体を拘束するベルトを勢いよく切り裂いた。
体に自由が戻った観月は寝かされていた台からゆっくりと起き上がると、改めて周囲を見回す。

『(病院…いや、研究所か…?)』

辺りを見回して分かった事は、観月が寝かされていた場所が上下左右、全てが真っ白な異様な雰囲気の部屋だという事だった。
心電図でも測っているのか、一定のリズムを刻む機械が数台、観月の座る台を取り囲んでいる。
幸いにも武器やパソコン等が入ったエナメルバッグは近くに放置されており、全身に仕込んだ武器も押収された気配はない。
それを素早く認識した観月は直ぐ様台から飛び降りるとエナメルバッグを拾い上げ、唯一の出入口であろう扉をゆっくりと慎重に開けていく。
左右を見回し、扉の先の通路に人がいない事を確かめた観月は、するりと真っ白な部屋から抜け出した。








――同時刻。

サムとミカエラはセクター7のエージェントに連れられ、ヘリの中で知り合った男女――マギー・マドセンとグレン・ホイットマンと共に、フーバーダムに来ていた。
ダムに貯水されている水が太陽光を反射して輝く光景は美しく、それを写真に納めようとカメラを構える多くの一般観光客の様子が窺える。
そんな一般観光客達を横目に、サム達は彼らと同じように傍らの手すりからダムの内部を見下ろした。
最下部まで優に数百メートルはあろう高さにあるその下で、ダムの水はゆらゆらと揺らめき、光を反射して輝いている。

成る程、とサムは思った。
確かに今回このダムに来た理由が只の観光であれば、直ぐ近くで興奮気味にカメラを構えている黒髪の日系軍人のように写真を撮って――

そこまで考えて、サムははっとした。
次いで勢いよく黒髪の軍人に向き直り、目を大きく見開きながら口を開く。

「何してんの!?」
「うん?…っておぉ!!サムじゃねェか!!」

この間振り!!と朗らかな笑顔で近付いてくる黒髪の日系軍人基、観鶴の突然の出現に、サムは頭痛を覚えた。
もしこの場に観月が居れば、冷ややかな視線と共に蹴りと暴言を喰らわせていたことだろう。
目の前で深い溜め息を溢すサムを不思議そうに眺める観鶴の後ろからは、仲間であろう白人と黒人の軍人が二人、慌ただしく駆け寄って来ており、それを見たサムは、再び深く溜め息を吐いた。

「…あの人達が来るのはもうちょっと後なのかなぁ…」

サムは痛む頭に手をやりながら、そうぽつりと呟く。
側で成り行きを見守っていたミカエラだけが、その呟きを聞いていた。





「何してんだミツル!!」
「一般人に迷惑かけんな!!」

サムが呟いてから数分後。
そう言って少し息を荒げながら駆け寄って来た二人の軍人に、観鶴は二人に今気付いたと言わんばかりにその蒼い目を丸くする。
そしてヤバい、とでも言いたげに顔を顰めると、勢いよく走り出した。





『はい残念』
『ごふっ!!!!!』
「「「!?」」」

突然現れた白衣の女性に軍服の襟首を掴まれ、奇声を上げて後ろ向きに倒れ込む。
驚いているサム達をよそに、観鶴は襟首を掴まれた際に痛めたらしい首元を押さえながら上体を起こし、横目で白衣の女性を睨み付けた。

『ってェ…おい、何しやがンだ観郷』
『…貴方があの人達に迷惑かけてたみたいだから仕方なく…本当に仕方なく止めただけなンだけど…何か問題が?』
『大有りに決まってンだろ』

睨み付けられた白衣の女性――観郷は、掛けていたサングラスを掛け直しながら観鶴に冷ややかな態度で言葉を返す。
その際にサングラスの隙間から覗いたその双眸は、観月や観鶴とは対照的な紅。
それに少しギクリと嫌な汗を浮かべながら、サムはふと浮かんだ疑問を問うべく、凄絶な舌戦(双方共に日本語なので内容は全く分からない)を繰り広げる二人に恐る恐るといった様子で声をかけた。


「あ、あのさ…ちょっといいかな?僕二人に質問が…」
「「うるせェ、部外者は黙ってろ」」
「すみませんでした」

殺気立った紅(サングラス越し)と蒼の瞳に睨まれ、サム、撃沈。

しかし、サムが声をかけたお陰で話し言葉が日本語から英語に変わり、二人の舌戦の内容が明らかになった。

「全く、貴方って昔から本当に煩いわね。何なの?発情期なの?サカってるの?だったら2、3人知り合いの女紹介してあげるから一発なり二発なり三発なりヤってくれば?」
「煩ェのはお前の方だろ、いつもいつも金切り声みてェな声出しやがって。つか別に発情してねェし、仮にしててもお前に紹介して貰う必要無ェよ。つか発情期なのはお前なンじゃねェの?それとも何だ?月のアレか?」
「あら、私の声は高くないわ。むしろ低い方よ?可哀想に、頭だけじゃなく耳までイカれちゃったのね。あぁでも私が発情してると思われるなんて心外だわ。それと私、今月はまだ生r「「ストォォォォップ!!!!」」…さっきの子といい貴方達といい、私達に何か用?」

「不愉快だわ」と眉を顰めながら、観郷は舌戦を中断させた男達――ウィリアム・レノックスとロバート・エップスを睨み付ける。

観鶴も声には出さないものの不満げに顔を顰め、二人に視線を向けた。
レノックスは一度ゴホン、と咳払いをし、ゆっくりと口を開く。

「あー…ミツルにMrs.ミサト?二人共、ここが公共の場だって事を忘れていないか?」
「「…あ」」

レノックスに指摘された観鶴と観郷は自分達の周囲を見渡すと、しまった、とでも言うように大きな舌打ちを溢した。
次いで己の職務を思い出したのか、観鶴は目の前でうんうんと頷くレノックスとエップスの襟首を掴んで走り出し、観郷は白衣の裾を翻して颯爽とダムの内部へと歩き去って行く。

「…凄い人達だったわね」
「…そうだね」

後に残されたのは、あまりの出来事に茫然と佇む(サム達を含む)一般人と、サムの細やかな疑問だけだった。




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