ある亀の見た夢 | ナノ


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サイド:ジン



「ジン」
「はい」

タイチ殿下は傍らの俺を少し見て、また視線を前に戻した。安吾が魔族に連れ去られてからすぐ、殿下はゼノさんに言い付けてゲド魔術学園への入学を取り付けた。
ウィー隊長の話によれば、殿下が安吾に施した呪液の気配が、消えてしまったらしい。いや、正確にはひねり潰された、か。
おそらく安吾をさらって行った魔族の仕業だろう。安吾を奪われ、所有印ともなる呪液を消されたにもかかわらず、あの独占欲の強い殿下が焦らず、魔術学園への入学を決めたと聞かされた時、俺は嫌な汗をかいた。まったく、ウィー隊長のいう通りに執念深い方のようだとわかったからだ。
穏和で端正な顔で俺を見据える殿下は、その顔で、安吾を奪った魔族をすべて抹消してやる、と嗤った。そして今、殿下はその焦げついた激情の片鱗もうかがわせないすました顔で、俺の隣に立っている。

「で。お前、魔術の才能は?」
「残念ながら、皆無です」
「え、じゃあ入学できないじゃん」
「問題ありません。武術のみのクラスを選択します。通常、魔術師は剣士などとパーティーを組んで戦うので、あらかじめこうしてペアで入る者も少なくはありません。魔術学園といっても、半数近くは武術専門生です」
「はは。そりゃ、好都合だ」

殿下は透き通る翠の目を、ゼノさんの魔術によって髪と同じ金茶色に変えている。王族であることは伏せておいたほうが動きやすいから、と殿下が言われた為である。

「俺はなるべく側につきますが、魔術師専門の授業の時は」
「うん。俺もイロイロ習ったし、その辺の人間よりは強いと思ってる。大丈夫。それより」
「はい。学園上位成績者のリストです」
「ヘエ、美形ばっかし。つうか、男ばっか」
「女性は、なぜか魔術師になれる確率が低くて」
「かわりに巫女は女しか出来ないんだろ?女好きなのか、リドミ神は」

タイチ殿下は、結構毒を吐く方だ。顔立ちはとても気高いのに。

「殿下、仮にもリドミ神は王家の祖先で」
「あーっと、ちょい待ち」
「は?」
「この学園入ったら、俺に対する敬語はなくすんだ。身分関係を勘繰られるのが面倒だしな」
「は、わかりました」
「しっかし、卒業までは身動き取れないな、こりゃ」
「鉄壁の要塞とも、監獄とも言われていますから」
「うへー。今からヤになるな」

殿下は、ニンマリと笑ってそう呟いた。

「一つ聞いてもよろしいですか」
「なんだ」
「安吾とは、一体何者でしょうか」
「安吾ね。あちらにいる時は、本当にただの高校生だったよ」
「ただの」

コーコーセー、という聞き慣れない言葉。おそらくは、あちらの世界での何かの身分なのだろう。

「でも、そうだなァ。安吾は妙に勘が鋭くて、天気予報なんかテレビより正確だったし、なにか事故が起こっても、安吾一人は無傷で逃げおおせてたな」

タイチはククッと喉を鳴らした。

「大体ケガするのは俺だった。小さい頃はよく安吾に背負ってもらったよ。あいつ力強かったから」
「そうでしたか」
「ああ、一回だけ不思議なことがあったな。昔、遠足で山登りをしてて、俺一人が集団からはぐれたことがあって、俺は足を滑らせて崖下に落ちた」

落ちたところは本物の山中というやつで、子供の足では歩き回るのも難しいほど草木が生え繁っていた。先生にも気づかれないで、泣こうにも泣けないでオロオロしていると、不意に目の前にはぐれたはずの安吾が立っていた。

「突然、ですか」
「そう、突然」

タイチは頷いて、おかしそうに柔らかく笑った。

「俺はもうビックリしてさ、安吾見て大声上げたんだよ、ギャーって」

――泣いてんじゃない、ちび。ほら、立て。
――安吾!お前どこから?!
――先生には内緒にしろよ。俺は……だからな。どこだって行けるんだ。

「その時なんて言われたのか、どうしても思い出せないんだ。ただ、事実としてあるのは、崖下に落ちたはずの俺はいつの間にか山登りしている他の子供の最後尾を、安吾と手ぇ繋いで歩いてたってこと」
「魔術が使えたのでしょうか」

殿下は笑ったが、肯定の意ではないようだった。

「さあな。安吾は、昔から人嫌いで自己中心な考えと行動を貫いてたけど、俺のことだけは何かと助けてくれた。それだけだったんたろーよ」
「そうなのですか。では相思相愛…」
「いや、恋愛対象として好かれてたわけじゃない。これでもわりとモテたから、そのテの感情には敏感なつもり」

殿下が安吾に対しておおっぴらに接していたのを知っていた俺は、なんだか複雑な気持ちになった。

「では、何故…」
「安吾が言うには、俺に借りがあるからだって言うんだ」
「借り、ですか」
「俺の一生に付き合ってもいいくらいの、デカイ借りなんだと」
「借りがなんだったか、覚えておられるんですか?」
「全っ然」

肩を竦めるタイチは、学園に向かってゆっくりと歩み始めた。

「安吾を取り戻したら、直接聞くさ」
「そうですか」

鉄格子を見つめていたタイチは、ふと顔を上げた。

「どうかなさいましたか?」
「いや」

頭を振る。

『貴方の思い人は、死んではいない』

風に乗って囁かれた言葉。俺には聞こえなかったその声に、タイチ殿下は鼻を鳴らした。

「ハ、当たり前だろーが」

不敵な声音は風に乗って、ひらひらと宙を舞った。

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