ある亀の見た夢 | ナノ


▼ 22

「ふんふんふーん」

安吾を抱えて歩きながら、俺は昔のことを思い出していた。
アモルファス(…ってゆーか今は安吾)がこの俺達の縄バリにいたのは、17年くらい前のことだ。ある日突然、傷だらけでボロボロになった安吾を、同じくボロボロになった蝉丸が連れ帰ったんだった。あの時は大変だった。
真っ黒な髪と目も異色だったが、安吾は食人嗜好のある俺らにとってかなりウマそうなにおいがしていたから、つまみ食いしようとする馬鹿が後を絶たなかったのだ。ちょうど安吾も怪我だらけで弱っていたしな。
だが、力の強い安吾の血肉は、下っ端の奴らには毒になっちまうンだよな、これが。
おかげで俺は、ナイチンゲールのネエちゃん顔負けの献身的な治療を、つまみ食いの罰に当たった奴らに捧げさせられたわけだ。あの時から正体不明の存在だったが、ある時蝉丸の腕から逃げ出して、今まで行方知れずだった。まさか戻ってくるなんて思いもしない。
アモルファスは蝉丸に飼われていることに、壮絶な怒りと屈辱を感じていたと、射殺すような眼差しから容易に想像できた。
殺しに戻ってきたンだろーか。それならあり得るな。

「息はあるのか」
「あるよ。ちゃんと生きてる」

包帯で無惨な腕を覆い隠したところで、ダイの声がした。振り返ると、不機嫌そうに曲げられた尾と耳が目に映る。においを辿れば誰でもここまで辿りつける。あとで目くらましのまじないをかけておかなけりゃならない。こっそり溜息をついた。
ダイは聞き分けのない子供のような顔をしている。

「それは、本当にアモルファスなのか?」
「セミの奴が認めたんだ、本人なンだろ」
「だが、外見があまりに」
「一時期、毎日容姿が変わっていたケドな。知らねえの?」
「知らなかった」
「へえ、そうかよ。ま、コイツはなんにでもなれるらしいから、驚かねーほうがいいぜ」
「俺のようにもなるのか?」
「さあ」

ダイは、ダサい言い方をすると狼男みたいな奴だ。
魔族特有の尖った耳のかわりに獣の耳、ケツにはご丁寧に尻尾までついている。
まあ、人間じゃなくて、かつ、この世界の住人じゃなけりゃ漏れなく魔族。なんつーおおざっぱな区分で俺らは判断されてるから、細かい種族なんか全然違う。もとは色が黒かったっていう以外、魔族同士に共通項はねえんだ。なかには、ただの人間だけども魔族に間違われて殺されちまう異邦人とかもいる。
黒い服を着ていたから、とかくだらない理由で殺される人間どもには少しばかり同情するね。矮小な人間。なーんてありがちな種族だろうか。あわれであわれでおいしいエサ。共食いにすら罪悪感を感じない俺らにすれば、まったく不可思議な存在だ。弱いのに脅威。もしかしたら、安吾もそう思って人間の身体を選んだのだろうか。

「なんで、帰って来たのだろう」

意識のない安吾を見つめて、ボソリとダイが呟く。ここは俺たちにとっても暮らしにくい世界だ。安吾は蝉丸という天敵もいることだし、なおさらだろう。まさかくっついていた人間の王子のためだなんてことも、性格上ありえないし。

「セミが恋しかったってのは絶対ないな」
「当たり前だ。コイツは殺されかけていたんだぞ」
「ヘエ。お前、結構安吾を気に入ってたんだな。意外」

サングラスの中で目を細めて笑うと、少しムキになったようにダイは白い牙を剥いた。

「コレはアモルファスだ」
「ダイ、そっちは一応本名なんだから連呼すンな。今は安吾って字(あざな)がある」

俺が珍しくクソ真面目にいなすと、犬を思わせるくすんだ灰色の獣耳をピクピクと動かし、ダイは不服を訴えた。

「例え名前の支配権がセミにあるとしても、安吾が異邦人だとしても、不特定多数に本名を呼ばれることは負担になるぜ?ましてや、抗うのがシュミみてーなコイツなんか、な」
「ボス」
「バァカ、ボスはセミだ。自分のトップくらいきっちり覚えとけ。これだから駄犬ってのはよォ」

お仕置きに、柔らかくうねる尾を引っ張ると、ギャンッと獣らしい悲鳴を上げる。つるぴかの頭を撫で回しながら、俺はダイに口を開く。

「いいか、お前は安吾に手ぇ出さないようにきっちり下っ端に伝えとけよ。あと、アモルファスもナシだ」
「わかった」
「床にぶちまけた安吾の血、焼いたか?」
「呪液ごと」
「OK…あとは俺がやる。下がっとけ」
「はい」

ダイが引き下がったのを確認したあと、俺は寝床に転がした安吾を見遣った。白い面立ち、固く閉ざされた瞼。
安吾よ。お前って何者なんだ?
名前以外は何もわからない黒い獣。蝉丸は、どうしてお前に執着しているんだ。
お前は何処からきた、何と言う種族だろう?
あの異世界帰りの第二王子にしろ、蝉丸にしろ、お前に見せる執着心は異常としかいいようがない。他人など腹の足しにしかならないと思っている蝉丸に、快楽主義で酷薄な視線を持つ第二王子。
お前の心はどこにある?生物嫌いのくせに、いつもお前の傍らには誰かがいる。

「アモルファス、ね。名は体を表すか」

アモルファス。意味は姿なき者。

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