▼ 21
「あーあ、死んじまうぞー」
蝉丸を見たら動きそうにないので、せめて出血だけでも止めてやろうかと、俺は動きかけた。
「キスケ、やめろ」
が、切り落とした片腕を持ったまま蝉丸が目で制してきたので、差し延べかけた腕を降ろし、溜め息だけにして傍観を続ける。他の魔族も固唾をのんでいる。
「腕出せ」
「クソが」
強制力を持った言葉に、安吾は赤い水滴のしたたる、二の腕半ばまでになってしまったあわれな左腕を蝉丸に向けた。出血が思ったより少ないあたり、死なない程度に自分で抑えているのかもしれない。
まァ、一滴残らず血がなくなっても、安吾なら死にはしないだろうが。
「まだ呪液の気配がする」
ぐちゅりと赤い肉を押し拡げながら無骨な指が剥き出しの傷口に侵入する。真っ白な顔になっても、呻き一つもらさずに安吾は激痛に耐えている。本当、イイ性格してやがるよなお前。セミ好みのさァ。
…ぼたッ。
翠色のぬめった草の根が、傷口から無理矢理に引っこ抜かれる。床に落ちたそれは、生きているようにのたうちまわる。人間の執着のようだ。気味の悪い。
「目障りだな」
うごめく呪液は、蝉丸の硬いブーツに踏み潰され、ぐちゅりと音を立てて絶命した。
「うへー。気持ち悪いねェ、呪液ってなァよォ…」
「キスケ、安吾の腕を死なない程度に止血しておけ」
「へいへい」
「蝉丸とかいったな」
か細い、だが絞り出された声にちらりと黒い目が動いた。
「言っとくがな、後悔するのはテメーだ」
まるで悪役の捨て台詞。だが、俺は思わずサングラスの中で目を見開いた。唯我独尊を地で行く蝉丸が、怯んだように顔を歪めたからだ。一瞬だが浮かんだ迷いが、俺にはひどく不思議だった。
「俺はいつだってやりたいようにやるだけだ」
「テメエ、殺してやる」
「安吾、興奮するなよ〜。出血多量で死んじまうって。いや、死なないだろうけど、気分悪くなンぞ」
今にも噛み付きそうな雰囲気の安吾を宥めて、俺は蝉丸の投げて寄越した刀をジーパンに擦りつけて血を拭った。
「キスケ、あとは適当にやっとけ」
興味が失せたのか、機嫌を損ねたのか、蝉丸は振り返ることもなく部屋を後にした。それを何と無く見送ってから、俺は真っ青な安吾に向き合った。
「あーっと。止血、止血」
フンッ、とかなんとか気合いを入れて、手の平に赤い火の玉を浮かべる。俺は、ゆらゆら揺れる高熱のそれで刀をジリジリとあぶる。
「舌噛むなよ」
出血の止まらない傷口に熱して赤くなった刀を押し付けると、ジュゥゥ、と肉の焼けるにおいが広がる。あー、イイニオイ。食欲そそられるわー。痛がってるか?と思って顔を上げると、安吾は唇を噛み締めていた。
「…っ」
「なんだ、いじらしい耐え方するなア?」
「うる、せえ」
貧血で真っ青の顔になった安吾は、それでもやはりふてぶてしい表情を崩さなかった。悲鳴を上げるのはプライドが許さないらしい。焦げて黒ずんだ傷口を布で覆い、動けない身体を担ぎ上げる。
「お前らのなかには、コイツを知らない奴もいるだろうから改めて言っておくがなァ」
何対もの赤い目が俺に集まる。
「これはセミの所有物だからな。手を出して殺されンなよ。あと、血の一滴でも飲んでみろ、ぽっくり死んじまうぞー」
ざわざわと魔族達は落ち着かない。
「キスケ」
「んー?」
「ソレは、もしかしてアモルファスか?」
「前の呼び名はな」
ダイが指さしたソレは、気づいたら失神していた。身体は人間のままだから、しかたないだろーけどな。あ、ダイってのは俺んとこのNo.2だ。力の強い証拠に、黒に近い濃灰色の髪に、目も片目は黒。
「アモルファス?!」
「アモルファスって死んだんじゃなかったのか」
「見た目が違うってか?」
魔族達は俺の肩に顔を伏せた安吾の顔を見ようと近寄って来たので、俺はひょいと浮かび上がった。天井に足をつけて安吾を抱え直すと、少し眉を寄せたダイが宙に浮いた俺を見上げる。あら、怒ってる?
「キスケ、嘘をついたな?お前、アモルファスは死んだと」
「あんなデマカセ素直に信じたのかよ、ダイ。むしろそっちにオドロキだ」
少し茶化すとすぐコレだ。
「怒るなよ、ワンちゃん」
俺はへそを曲げたダイにヘラリと笑いかけて、急いで安吾を大部屋から運び出した。
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