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「キスケ、刀」
「ん。ダイ、なんか切るもの寄越せ」
「どうぞ」
リレーのように刀が回される。
「鼻削いだら、醜い顔になるよなァ」
「ま、フツーなるンじゃね?」
俺が答えると、蝉丸は低く笑い声をこぼした。
「おい、安吾」
「あ?」
「テメーよ、俺に言うことあンだろ」
「虫けら語は話せねーよ。おいハゲ、訳してみろよ」
「キスケは虫けらじゃねーンかよ」
「かろうじてハゲの言語はわかるんでな」
よくやるよあの蝉丸相手に。ついつい癖でまた頭に手をやっていたら、蝉丸が動いた。
ギラリと反射する鋼色に、蝉丸の鋭すぎる目が楽しげに細められた。
「オイ、鼻はやめとけよ」
「わかってる」
ビリ、と安吾の貫頭衣の袖が破れる。
「あ」
「げ」
俺は間抜けな声を、安吾は苦虫を潰したような顔をした。鮮やかな翠の呪液が、痩せた腕に走っている。肩から肘にかけての王族の所有印。
「あっちゃー。こりゃァ第二王子のシワザか」
「二重契約とはとんだ裏切りだ、なァ?」
「そもそもテメエなんか知らねえよ、クソ」
「へえ、そうかよ」
蝉丸は笑ったが、目が笑っていない。器用な野郎だよまったく。
「その腕はもうダメだな。呪液が完全に根を張っている」
「だから、なんだ」
「特に問題はない。切り落とすだけだ」
ザンッ。
手加減のない一刀が、差し出された無防備な腕に食い込む。
「っ」
鋼の薄い板切れが、ぶつりと薄い皮膚の弾性を突き破る。白っぽい脂肪や鮮やかな薄桃色の筋肉をギチギチと音を立ててひきちぎるように切断し、赤い血液で滑らせながら刀を振り落とす。
「ゔあ゙ああっ」
あーあ、やった。一拍遅れてブシュウゥゥ、と安吾の腕から鮮血が噴き出す。降り注ぐ真っ赤な噴水に、魔族はワアアッと歓声を上げた。
「やはり、根を伸ばしていたな」
翠色の粘菌に似たものが、すでに切り落とされた腕と安吾の二の腕を糸のように繋いでいる。切断した腕をズルズルと引っ張ると、まるで植物の根のように伸びたソレが剥き出しの二の腕の断面から引きずり出された。
「ア゙アッ…ゔっ」
意志を失った安吾の腕を満足そうに眺めると、蝉丸は一口腕をかじった。
「まずい」
だがすぐに、奴は端正な顔をしかめてぷっと肉片を吐き出した。呪液に浸蝕された腕はそりゃ、マズイだろうよ。
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